世の中でリスクをゼロにするというのは不可能だ。歩いていたって転んでけがをする可能性はあるし、健康にいいものを食べてもそこでアナフィラキシーを起こさないとは限らない。「100%リスクはない」ことは存在しないともいえる。
それでもなぜ「100%安全でないと嫌」というゼロリスク信仰が蔓延しているのか。ジャーナリストの佐々木俊尚さんが分析する短期集中連載1回の前編では、ゼロリスク信仰とは何か、具体例を挙げてお伝えした。日本をパニックに陥れた狂牛病でも、その被害の実態の少なさに比べての肉食への風評被害は記憶に新しい人もいることだろう。後編では、さらに大きな問題となったダイオキシン問題と、80年代からの日本社会の変化について詳しくお伝えする。

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「青酸カリやサリンより毒性が強い」?

まだ「ゼロリスク」という言葉があまり知られていなかった1980〜90年代にもうひとつの大きな騒動があった。ダイオキシン問題である。

ダイオキシンというのは、発がん性や催奇形性がある有機化合物の総称である。モノが燃焼すると発生したり、古い時代の農薬に不純物として含まれていたとされる。最近はすっかり話題にのぼらなくなっているが、20世紀末ごろまでの報道はすさまじかった。「猛毒」「青酸カリやサリンよりも毒性が強い」「1グラムで1万人が死亡する」などといった毒性の強さや、「ベトナム戦争で米軍が使った枯葉剤に含まれている」という話もあった。さらに人体や母乳から検出されたという研究結果などが出るとそのたびに大きく報じられ、当時の日本社会はダイオキシンへの恐怖につつまれていたのである。

その極めつけが、1999年の「所沢ダイオキシン」騒動だった。

これはテレビ朝日系のニュース番組「ニュースステーション」が、「所沢の野菜から高濃度のダイオキシンが検出された」と報じた騒動である。これもまた大騒ぎとなり、当然のように所沢付近でつくられた野菜はまったく売れなくなり、風評被害がまたたくまに広まった。

このダイオキシンは野菜ではなく実際には茶葉から検出されたもので、1グラム当たり最高3.8ピコグラム。都内にある民間の調査機関が調べたものだった。この分量はたしかに他の地域で検出されていたダイオキシン量より多かった。厚生省が1997年に調査した全国の野菜のダイオキシン最高濃度の9倍だったのである。

独自取材でその「数値」が間違えていたわけではない。問題は「数字が危険否か」だ Photo by iStock