人生は無意識の「決めつけ」が9割~「良かれと思って」を洗い出す

その働き方、あと何年できますか?(3)
ベストセラー『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』から10年、前作では正しく頑張る方法を提案した。新刊『その働き方、あと何年できますか?』では、いよいよ進むべき方向が正しいか見直し、会社でも自営でもより幸せな働き方ができるよう提案している。必要なのは「労働生産性」でなく「自己生産性」。自己生産性を上げるヒントを本書から紹介する。その中で、著者の木暮さんが重視しているのが、成果が出る人と出ない人の違いがどこにあるかということ。この回から、あなたの努力と能力を最善の結果に結びつけるポイントをアドバイスします。

選択の9割以上は無意識の決めつけによる

ふと自分の行動や判断などを振り返ってみると、その多くが深く吟味せずに選択したことであるのに気づきます。人は1日に3万5000回もの選択をすると言われています。それだけ選択し続けているわけです。そして、そのすべてを吟味して行うことはできません。

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ぼくらが無意識に行う選択は全体の95%とも97%とも言われています。どちらにしろ、かなり多くの選択を無意識にしています。この「無意識」というのは、選択したことを覚えていないという意味ではありません。また、サイコロを転がして運任せで決めたということでもありませんね。「無意識に」とは、特段深く吟味せずに選択したという意味です。

ぼくらは自分でもともと想定している「このケースでは、これをやったほうがいい」という認識を持っています。

• スタバでは大きいサイズのコーヒーを買ったほうがいい。
• 何かを勉強し始めるときは、ひとまず本を読んだほうがいい。
• 地方に引っ越したら、まず車を買ったほうがいい。
• 家は買わずに、賃貸で住んでいたほうがいい。
• 子どもが生まれたら、保険に入ったほうがいい。
• 大きな決断をするときには、家族に相談したほうがいい。

などです。

選択の重要度に差はありますが、これらすべてが「よかれと思ってやっていること」です。もちろん適当に決めたわけではなく、そう選択した理由はあります。過去に別のことをして失敗したとか、友人からアドバイスをもらったとか、親の教育がそうだったとか。

たしかに、その選択をする理由としてはもっともな背景があるのでしょう。しかしそれは過去の一例にすぎません。「友達が家を買って大失敗したから、賃貸に住み続ける」というのは、その友達が家を買って失敗したという、たったひとつの例に引っ張られているだけです。家を買った人が全員失敗しているわけではありません。あなたがそのひとつの例から自分で決めつけたわけです。

ぼくらは少なく見積もっても9割以上の選択を、深く吟味せずに「よかれと思って」行っています。深く考える必要がない選択もあるでしょう。同時に本当は吟味しなければいけないものもあるはずです。でも自分の体験や過去に得た知識から、とっさにその選択をします。

毎回毎回、吟味しながら選択をしていくことは不可能だ。そんな声が聞こえてきそうです。ぼくもそう思います。これだけ社会が複雑になっているため、ぼくらが日常生活で「よかれと思って」行動を決めることは避けられないことだと思います。ぼくがお伝えしたいのは、ぼくらは「よかれと思って」無意識的に選択をくり返しているということです。

仮にぼくらが新しいノウハウを勉強し、毎日1時間プラスで頑張ったとしても、それはぼくらが選択しているほんの数%にしかなりません。強く意識することで数%が10 %になるかもしれませんが、前提として「よかれと思ってやっていること」が大半を占めたままです。

仕事でも同じです。ビジネスを立ち上げるためのノウハウをいくら勉強しても、前提として「お客さんの百パーセントを感動させる商品じゃなきゃいけない」という考えがあったら、かなり苦労するでしょう。全員を満足させる商品はあり得ませんし、そもそもその商品を作る過程で「β版(消費者の反応を見るために、完璧にする前に公開するサンプル的な位置づけのバージョン)」を世の中に出すこともできません。

日本でディズニーランドを運営しているオリエンタルランドも、2001年にディズニー
シーをオープンする際には、正式開園の前に試運転期間を設けました。もちろん「試運転期間」とは言わず、「株主感謝デー」のようにうたっていました。株主とその家族に特典として「特別にオープン前に入れます!」という建て前でしたが、位置づけとしては試運転です。そこでスタッフを慣れさせ、アトラクション運営がうまく回るか確認していたのです。

ですが一方で、「中途半端なものは出してはいけない」という意見もあります。もちろんそれも一理あります。一理ありますが、その考え方を暗黙の前提で持ってしまうと、よかれと思って商品を完璧にしようとします。完璧にしてから発売しようとします。そのビジネスは立ち上げるのにものすごく時間がかかってしまいますね。

ぼくらは「よかれと思って」成果が出ないやり方をなかば自動的にしてしまっています。ぼくらが行う選択の大半がこの「よかれと思ってやっていること」です

もちろんその「よかれ」が正しいこともあります。そして、間違っていることもあります。問題は、大半の選択をぼくらは吟味して行っているわけではないということです。

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