2022年でデビュー40周年を迎えた原田知世さん。1983年に公開された『時をかける少女』ではスクリーンデビューとともに歌手としてのサードシングルが大ヒット。以降、俳優として、歌手として活躍し続けています。

40周年という長きに渡る活動を振り返って、いま原田さんは何を思うのでしょうか。
インタビュー前編「原田知世が語る『時をかける少女』「さまざまな奇跡が重なって生まれました」」では、芸能界入りの経緯やスクリーンデビューを果たした映画『時をかける少女』について、そして松任谷由実さんとの出会いについて語ってくれた原田知世さん。後編では幼い頃の音楽との出会いや音楽活動への思い、ブームを巻き起こしたドラマ『あなたの番です』についてもお聞きします。

撮影/山本倫子

取材・構成/上田恵子

 

バレエでメンタルが鍛えられました

――原田さんは子どもの頃に、バレエを習っていたそうですね。

はい。姉が4歳から始めていて、私も母に連れて行かれて踊ったり遊んだりしているうちに、「一緒に習わせたら?」ということになりました。2歳頃から姉にくっついてやって、デビューする直前の14歳まで続けました。

バレエは年に1度発表会があったので、それに向けて1年間過ごすという感じでしたね。楽しさもありましたが、とにかくレッスンが厳しかったという記憶が強く残っています。

それでもステージに立って、幕が開いて、お客さんがいて、暗闇の中にスポットライトが当たり、そこで何かを表現するという経験を子どもの頃にできたことは、ものすごく良かったと思います。諦めずに一つのことを続けるという基礎の部分、メンタルを鍛えるという意味でも、バレエは役に立ちました。

――デビュー後は長崎から上京して、都内の高校に進学。仕事との両立は大変だったのでは?

忙しくても、学校だけは休まないようにしていました。さいわい女子高だったので、周囲から注目されることがあると、仲のいい友達がサッと守ってくれたり。体力的には大変でしたが、大人たちと過ごした青春だけではなく、ちゃんと普通の学生生活を楽しむことができたので良かったです。