【いとやんごとなきイギリス貴族】荷物を運ぶのが面倒くさくて宮殿を建てる…ヨーロッパ随一のぜいたくぶりとは?

政界・官界・軍界の重要人物にして大英帝国のリーダーたる貴族たち。彼らは、大きく立派な邸宅をかまえ、社交・狩猟・スポーツと、極めて豊かな文化と生活を謳歌してきた。フランスなどに比べると地味な印象かもしれないが、王室を筆頭に、イギリス貴族たちのぜいたくぶりは、ヨーロッパ随一とも言われていたらしい。そもそも、「貴族生活」とはどんなものなのか? 
小林章夫氏の新刊『イギリス貴族』から、一部編集のうえ抜粋しよう。

貴族筆頭・ロイヤルファミリーのぜいたくぶり

カントリー・ハウスの壮大なスケールもさることながら、往時の貴族の生活ぶりはわれわれ庶民の想像を超えるぜいたくに満ちあふれている。

その中でも貴族の筆頭である国王のぜいたくはけた違いで、一つの宮殿から別の宮殿に移る際、荷物を運ぶのが面倒だとばかり、あちこちに宮殿をつくってその数24になったというチャールズ一世などは、常軌を逸しているとしか思えまい。

チャールズ1世の肖像 Photo by GettyImages

これでは革命で首を斬られるのも当然だろう。ゾンバルトによると、王室費の増加は一七、一八世紀と時代を経るごとに著しくなる一方で、その額は一般庶民の想像をはるかに超えるという。

一五四九年、宮廷をまかなうための支出は10万ポンドで、これだけですでにヘンリー七世時代の5倍に達した。これにつづく二世代の間に、支出はさらに5倍にふえた。王政復古ののちに、イギリス諸王は、王室費をはっきり認められたため、それ以後の支出は、きちんと数字をもとにして追究できる。チャールズ二世のためにきめられた120万ポンドは、もちろん完全に支払われなかった。そのため本当はその程度の金がいる哀れなチャールズは、いつも金が足りなくて苦しんでいた。一六七五~七六年にかけての彼の予算は、46万2115ポンドという支出にみあって定められたものである。

チャールズ2世、1676頃 Photo by Getty Images

ウィリアム三世は、一六八九年十一月五日から一七〇二年三月二十五日にいたる統治時代に、あわせて888万506ポンド2シリング9ペニーを、彼および彼の宮廷のために支出した。アン女王はその後一二年間に760万4848ポンド、年平均63万3700ポンドを支出した(彼女の王室費は、196万5605ポンドのいわゆる全平和予算のうちの70万ポンドを占めた)。ジョージ一世および二世の王室費は80万から90万ポンドの間を上下したが、ジョージ三世になると、これが92万3196ポンドにあがった。

「成り上がり」と「由緒正しい」…貴族の違い

王室がこういう状態だから、それに仕える貴族のほうもぜいたくの追求には熱心となる。新興成り上り貴族は、たとえばモールバラのように、宮殿なみの邸宅造営に金をかける(どこかの国でも同じ現象が見られる)。

同時に、衣裳に金をかけることも貴族的生活、ぜいたくの特徴だった。

たとえば、一七世紀後半、イギリスのある貴族は、絹やビロードの服を年に50着もつくり、その費用だけで一般庶民1万人が一年暮らせるぐらいだったという。

ただし貴族のすべてが洋服にぜいたく三昧と言えるほどの金を費やしたわけではなく、由緒正しい家系の貴族は概して質素な身なりを好んでいたとも言える。

われわれは貴族と聞くと、ついあの華やかな礼服をイメージしがちだが、僕の知っている限りでは、少なくとも日常生活ではわりと質素な服を着ていることが多い。すり切れたセーターで庭仕事をしている貴族というのも、まんざら少ないわけではないのである。