2022.10.04
# 格闘技

「俺には3人の許せない人間がいる」…アントニオ猪木氏と絶縁した男の告白と「法廷闘争の一部始終」

前編記事『「過激な仕掛人」から「40年来のタニマチ」まで…アントニオ猪木氏が晩年に縁を切った「3人の名前」』では、猪木氏が晩年に最側近らを遠ざけていた事実とその理由について取り上げた。だが、その3人のうち湯川剛氏は、猪木氏の4人目の妻である橋本田鶴子氏と法廷闘争を闘うことで「ズッコの壁」を乗り越えようとしていた――。

4人目の妻との「三角関係」

状況を受け入れていた永島氏に対し、生前の田鶴子さんに挑戦状を叩きつけたのが、大阪の浄水器メーカー「OSGコーポレーション」の湯川剛CEOである。

1970年創業の同社は、アントニオ猪木との深いつながりで知られる。

1979年、家庭用低周波治療器「リズムタッチ」を開発、当時新日本プロレスのエースだったアントニオ猪木をCMに起用したことがきっかけで、湯川氏と猪木の長年にわたる交友関係がスタートする。

「1986年、経営が行き詰まったUWFの前田日明らは、新日本プロレスに出戻りを余儀なくされるのですが、その際、新日本サイドとの極秘の交渉場所を提供したのも湯川さんでした。

猪木は2005年、経営難に陥った新日本プロレスをユークスというゲームソフト会社に売却しようとしましたが、当時、新日本の株の名義は佐川急便創業者の佐川清氏(故人)のままだった。そこで湯川さんが2000万円を拠出し、新日本の身売りを前に進めたという経緯もあります」(当時を知るプロレス記者)

「リズムタッチ」パンフレットより「リズムタッチ」パンフレットより
 

長年の経済パートナーであった湯川氏は、猪木が設立したIGFに途中から役員として参画することになる。しかし、同じIGFの役員となっていた田鶴子氏と対立。「猪木愛」にかけては譲らない2人が接近すれば緊張感が高まるのは当然で、この三角関係はついに法廷闘争に発展した。

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