「今のままじゃじり貧じゃ」「なんとかしてくれ」そういわれて力になろうと思っても、それが一切関わったことのない職種だったら、あなたはどうするだろうか。
「いや、そんなの無理です」
で終える人は少なくないのではないだろうか。

しかし漁業に関してはまったくの素人だったにも関わらず、23歳のときに「なんとかしてくれ」と言われたことを機に山口県萩市萩大島の漁業を「なんとかした」人がいる。それが、坪内知佳さん(36)だ。

坪内さんは2010年山口県萩市の萩大島で漁業の団体「萩大島船団丸」を立ち上げ、2年で国から六次産業化の認定事業者に認定された  。様々な問題点を超えて、2014年には「GHIBLI」という会社を設立し、2017年には萩大島船団丸事業を黒字に導いた。12年経った今、山口県外にも「船団丸」事業を拡げている。

坪内さんと船団丸のみなさん 写真提供/坪内知佳

まるでドラマのような坪内さんの実話が、10月5日スタートの奈緒さん主演の『ファーストペンギン!』(日本テレビ系毎週水曜10時~)としてドラマ化。さらに並行して自伝『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』が刊行となった。

奈緒さんが坪内知佳さんをモデルとした主人公を演じる (c)NTV

ドラマ化を記念して坪内さんにインタビューした記事に合わせ、『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』より、「社長になるまで」の詳細が描かれた1章から抜粋にて特別掲載する。

 

ヒールで港を闊歩する女

2010年の年が改まって、ちょうどひと月が経ったころだ。私は漁船の甲板に立ち、風を受けていた。
山口県萩の港を出た船が目指していたのは、日本海の沖合八キロメートルに浮かぶ島、通称・萩大島。北長門{きたながと}海岸国定公園の区域にも指定されている、とても美しい島だ。

萩港を出て約10分。目指す萩大島の島影が見えてくる。想像していたよりも大きい印象だ。島に近づくにつれて、その様子が少しずつわかるようになってくる。
山が海岸まで迫っている。漁港から台地に向かう斜面に沿って民家が肩を寄せ合うように建っている、典型的な漁村集落だった。
岸壁には野良猫がゆっくりと歩き、見上げれば海猫が静かに舞っているのが見える。「のどかな漁業の島」、そんな言葉がぴったりだ。手つかずの自然が残る様子は、どこか神聖な雰囲気すら漂わせている。

写真提供/坪内知佳

漁港には使い込まれた漁船が停泊し、その側には潮風にはためく漁網と、何十年も利用されてきただろう倉庫や燃料タンクが雑然と並ぶ。時間が止まったような風景。かつては日本中、どこにでもあった風景なのだろう。初めて訪れる島なのに、どこか懐かしい気持ちになっていた。

だが、そんなほっこりした気持ちは島に上陸した瞬間、もろくも消え去った。
港の周辺には漁業関連の施設が並んでいる。その一つに向かって歩く私に周囲の視線が集まっていることをヒシヒシと感じる。
仕事を終えた漁師やその妻、元漁師やその妻であろう老人たちも、イベントの少ない島にやってきた正体不明の女の登場を遠巻きに見つめている。自転車で通りすぎる人は、何度も振り返ってこちらを気にしているし、なかには自宅の二階の窓から首をのぞかせている人までいる。

私がヒールを履いているのが珍しいのかと思ったが、どうもそれだけではないらしい。窓から覗くその視線は、単によそ者を見る目というより動物園にいる動物に向けられる視線に近い。

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立ち止まり、振り向くと、慌てて窓の下に隠れる者もいる。

しかし、不思議とそうした態度にも怒りは湧いてこない。昭和の日本にタイムスリップしたような、不思議な空気感だった。

交番もなければ、信号機もない。もちろんコンビニなどあるはずもない。端から見れば時代に取り残されたように見えるかもしれないが、自然とともに昔と変わらない暮らしを送っている島の住民にとって、よそ者は島の平穏を乱すかもしれない不審者に違いない。それは私にもわかるような気がしたのである。むしろ、守るべき暮らしを持っている島の人がうらやましく思えた。

私は自分の暮らしを守っていけるのだろうか――。