「朝鮮民族が17世紀以降の中国を支配」説はどこまで史実と一致する?

日本の歴史教科書に影響? 中韓歴史戦争
日本と中国、日本と韓国の間だけでなく、中国と韓国の間でも歴史論争が続いている。たとえば、日本の歴史教科書では朝鮮史で学ぶ高句麗や百済は中国史に属すると中国は主張し、一方、中国史で学ぶ渤海を韓国は朝鮮史に属すると主張するなど、古代に遡っての論争は時として両国の外交問題に発展してきた。近年の韓国の歴史学者の中には、中国王朝の金と清の建国は朝鮮民族によるものとする主張もある。民族・宗教・文明に着目して世界史を研究する宇山卓栄氏の近刊『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社+α新書)から、この興味尽きない対立をご紹介しよう。

中国「東北工程」が秘めた野望

中国と韓国は高句麗や百済の扱いを巡って激しく対立しています。高句麗や百済は中国の歴史に属するのか、朝鮮の歴史に属するのかを論争しているのです。

満州は中国に属し、そこに暮らしていた「原満州人」たちである扶余族も中国に属することになります。また、高句麗の国土の3分の2が現在の中国領です。こうした観点から、中国は高句麗や百済が中国の歴史に属すると主張しています。中国は朝鮮半島への支配を強化する正当性を歴史的な背景から得ようと企んでいるのかもしれません。

中国が国家的に進める満州史研究のプロジェクトは「東北辺疆歴史与現状系列研究工程」と呼ばれるもので、略して「東北工程」とも言い、1997年からはじまっています。韓国は「東北工程」に反発し、高句麗や百済を巡る中国と韓国の論争(「高句麗論争」)となり、2000年代、両国の外交問題にまで発展しました。

高句麗が最大版図に達した476年頃の朝鮮半島。Wikimedia Commons

日本では、高句麗や百済は朝鮮の歴史に属することを暗黙の了解にしています。その証拠に、日本の学校教育において、これらを朝鮮の歴史というカテゴリーで習いますし、教科書でも朝鮮史として記述されています。そのため、我々は「高句麗や百済は新羅と同じ朝鮮の王国」というイメージを強く持っています。しかし、中国が主張するように、民族の系譜で見てみれば、高句麗や百済は必ずしも朝鮮史に属するとは言えないのです。

高句麗は王族も民もツングース系満州人だったのに対し、百済は王族の始祖だけがツングース系満州人でした。その後の王は現地の韓人と混血し、同化していきます。百済の民の中には、中国の山東半島から移住してきた漢民族もいましたが、そのほとんどは韓人であったと考えられます。高句麗が中国の歴史に属すると言えても、百済までもがそれに属するとは言えないのも事実です。

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