2022.10.26

話題作「ウ・ヨンウ」の描写は正確か ASD(自閉スペクトラム症)者の「感覚」の世界とは?

2022年に配信されて大ヒットとなったドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』はASD(自閉スペクトラム症)者を主人公にしていた。ウ・ヨンウはキンパ(海苔巻き)しか食べられず、移動中はヘッドホンを欠かさず、リズムを取って運動するのが苦手だ。これまでフィクションの中ではそれほどフォーカスされてこなかったASD者の「感覚」の特徴も描かれているが、ASD者がもつ感覚過敏・感覚鈍磨は、現実世界ではフィクション以上に周囲から理解が得られにくい。

『科学から理解する 自閉スペクトラム症の感覚世界』(金子書房)を著した国立障害者リハビリテーションセンター研究所・脳機能系障害研究部 井手正和氏に、定型発達者が知っておきたいASD者の感覚の問題について訊いた。

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決まったものしか食べられないことも感覚過敏と関係している?

――ASD者はほとんどの方が何かしら感覚の問題(特徴)を抱えていると考えていいのでしょうか。

井手 ASD者の90%以上は何らかの感覚の問題をもつと報告されています(*Green et al., 2017)。

感覚の問題には感覚過敏や感覚鈍麻を始め、複数の側面が存在し、またそれが様々な感覚(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚など)に関して現れます。

人によってどの特徴がどの感覚で強く現れるかは個人差がありますが、そういった多様な側面から成る感覚の問題の何らかの部分で困難を持つ人は、ASDの方では90%以上にのぼるといわれています。

*Green, D., Chandler, S., Charman, T., Simonoff, E., & Baird, G. (2017) Brief report: DSM-5 sensory behaviours in children with and without autism spectrum disorder. J Autism Dev Disord, 46(11), pp.3597-3606.

――感覚過敏がもたらす苦しさは定型発達者にもイメージが付きやすいですが、感覚「鈍麻」によってたとえばどんな困難が起こるのでしょうか。

井手 感覚鈍麻が表れる代表的な例として、痛覚や温冷覚を挙げる臨床専門家が多いです。

動物モデルの研究では、それを支持する研究もあります。動物を用いた研究では、同じ種類のASDモデルマウスの中で痛覚系では感覚鈍麻を示唆する結果、また、触覚では反応増強、すなわち感覚過敏を示唆する結果が報告されています。つまり、過敏と鈍麻が共存しており、痛覚系は鈍麻なのかもしれません。

例えば、痛覚に関して鈍麻が表れると、怪我などをしてもそれに気づきにくいということがあります。

体に傷を負っている状態を周囲が目にして、それを指摘されて初めて本人が気づくということがあります。

発熱などの自覚も乏しいことがあり、気が付いた時には病気が悪化しているということもあります。

温冷覚も同じようになかなか自覚ができないため、風邪をひきやすかったりすることにつながることがあるようです。

Chen, Q., Deister, A, d., Gao, X., Guo, B., Lynn-Jones, T., Chen, N., et al. (2020) Dysfunction of cortical GABAergic neurons leads to sensory hyper-reactivity in Shank3 mouse model of ASD. Nat Neurosci, 23, 520-532.

Han, Q., Kim, H, Y., Wang, X., Liu, D., Zhang, Z., Bey, L. A., et al. (2016) SHANK3 deficiency impairs heat hyperalgesia and TRPV1 signaling in primary sensory neurons. Neuron, 92(6), 1279-1293.

――たとえば、いつも決まったものしか食べられないとか、肉や魚などの食感が苦手であるといった偏食も感覚過敏ないし感覚鈍麻のあらわれですか。

井手 感覚過敏が関係していると考えられます。口腔内の感覚も皮膚の感覚と同じように触覚ですので、触覚過敏があることを考えると、食感によっては口腔内の過敏が引き起こされるのは自然です。

固いもの、嚙み切れないほど大きなものが苦手な偏食のASDの当事者がいます。
これなどは口腔内での刺激が強いため、その食品を摂取することを避ける状況に繋がっているものと推測できます。また、味覚そのものや嗅覚そのものの過敏もあるようです。

ただ、偏食は感覚だけでなく、咀嚼や嚥下(飲み込み)の困難も強く関係すると考えられているので、すべてが感覚過敏で解釈できるわけではない点も注意が必要です。

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