感覚過敏と感覚鈍麻が併発するがゆえに「ワガママ」とみなされやすい
――ASD者は定型発達者と比べて小さな振動や痛み、熱さ冷たさでも気付く、音の大きさや音程に敏感であるなど、五感の多岐にわたる部分に特徴があるようですが、これらはひとりの人間が五感の多くの部分でそうなのでしょうか。
井手 感覚過敏と感覚鈍麻が併発することも一般的ですし、それらに関して複数の感覚の種類にまたがって問題が表れることも一般的です(*Tomchek & Dunn., 2007)。
例えば、ある当事者の方では、視覚に過敏があり外出の際に色つきの眼鏡を着けて、強い視覚を避けている方が、外出先で大きな音に遭遇し、フリーズしてしまうこともあるといった具合です。
またその方は触覚の過敏もあり、洋服のタグが皮膚に触れることで痛みを感じるため、それを毎回綺麗に取り除いて着用していると言います。
一方で、怪我に気づきにくい感覚鈍麻の特徴もあり、他人から怪我をしていることを驚かれて初めて処置をするようなことが子供の頃に多くあったそうです。
大事なのは、感覚過敏と感覚鈍麻が一見して対極にあるような特徴に思われますが、実際にはそれらは一人の個人の中に共存することの方が多いということです。
過敏があるのに鈍麻の訴えもあると、過敏の訴えが単なる「ワガママ」であったかのように誤解されがちなので、この点には注意が必要です。
*Tomchek, S. D., & Dunn, W. (2007) Sensory processing in children with and without autism a comparative study using the short sensory profile. Am J Occup Ther, 61(2),190-200.

――ASD者が他人の目を見て話すのが苦手なのはコミュニケーションの問題だけでなく、色のコントラストが激しいものが苦手だから、つまり人の眼球は白と黒がハッキリしているからかもしれない、と井手先生が書かれていて、そういう可能性もあるのか、と驚きました。ほかにもASD者のコミュニケーション上の特徴や心理的な問題だと思われていたことが、実は感覚過敏や感覚鈍麻から苦手意識を持っている可能性もあるのでしょうか。
井手 物体の位置を捉えることにおいては、エゴセントリック(自己中心)座標とアロセントリック(外部中心)座標があります。
前者は自分の位置を基準にして外部の物体との距離からその位置を無意識に計算します。後者は自分の位置とは無関係に、外部の物体同士の相対的な位置関係から物体の位置を計算します。
我々の研究(**Umesawa et al., 2020a)ではASDの方ではエゴセントリック座標を利用する傾向が定型発達者よりも高いということを報告していますが、こうした特徴はASD者の社会コミュニケーションの特徴とも関係しているのではないかと言われています(*Frith & de Vignemont., 2005)。
人間関係の基本は一対一の関係で、ある一人の人物とやり取りをする上では、エゴセントリックに自分の視点から相手を捉えることができればコミュニケーションは成立します。
しかし、3者のトライアングルの関係では、自分対他者の関係以外に、他者対他者の関係が存在します。
これはまさにアロセントリックな状況です。
自分対他者の関係は、自分とは無関係な他者対他者の関係によっても影響を受けるため、それを無意識に考慮に入れた上で3者の関係を維持する必要があります(もちろん現実の社会はより複雑です)。
例えば、他者(友人A)と他者(友人B)の間が喧嘩をしていた場合、一方の他者に他方の他者の話題を避けるといったようなことです。
これはあくまで例の話ですが、そうした暗黙の関係性の理解を前提にして、コミュニケーションを維持する必要があり、こうした部分で感覚面とコミュニケーション面の困難にはつながりがある可能性が言われています。
*Frith, U., & de Vignemont, F. (2005) Egocentrism, allocentrism, and Asperger syndrome. Conscious Cogn, 14, 719-738.
**Umesawa, Y., Atusmi, T., Fukatsu, R., & Ide, M. (2020) Decreased utilization of allocentric coordinates during reaching movement in individuals with autism spectrum disorder. PLOS ONE, 15(11).