がん治療にも使える! 化学の力でつくる「ウイルスレプリカ」

いつか「本物」を超える日も?!

ウイルスの話なんて、もう、うんざりでしょうか。でも、ちょっと待ってください。これまでとは全く異なるアプローチで「ウイルスに打ち勝とう」とする研究を紹介します。私たちを苦しめているミクロの敵を知るため、化学的にその「レプリカ」をつくってしまおうというのです。そして「悪玉」とされている存在を「善玉」に変えることも目指しています。

登場するのは、前回と同じ研究者です。赤痢菌やリステリアなどの細菌は、一種の「ロケット噴射」で細胞内を動きまわります。そのユニークな推進方法を、人工的に再現した化学者です。今回も細菌より一桁小さな相手に、得意の「ペプチド」で挑戦します。ウイルスレプリカは果たして本物に迫り、あるいは超えていくでしょうか?

天然ウイルスができることをすべてやる

「What I cannot create, I do not understand.(自分の手でつくれないものは、本当の意味で理解していないものだ)」

これはノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマン(1918~1988)が亡くなった時、オフィスの黒板に書き残されていた言葉です。「つくることができれば、理解できたことになる」と言い換えられるかもしれません。鳥取大学 学術研究院 工学系部門 教授の松浦和則(まつうら・かずのり)さんも、そう考えています。

松浦さんは、ある学術誌に寄せたエッセイに「『天然ウイルスができることをすべて化学でやる』ことで『ウイルスに勝った』といえる日がくる」と書いています。つまりウイルスの構造や機能を全て化学的に再現できれば、ウイルスを完全に理解し凌駕できるようにもなる、という意味でしょう。

【写真】ウイルスの模型を手にする松浦和則さんウイルスの模型を手にする松浦和則さん photo by Shingo Fujisaki

そのような信念のもと、松浦さんがまず取り組んだのは「ウイルスキャプシド」を人工的につくることでした。

カプセルのような殻の中に、遺伝物質のDNA(デオキシリボ核酸)あるいはRNA(リボ核酸)が入っている、というのがウイルスの基本構造です。その殻が「キャプシド(カプシド)」と呼ばれます。ほとんどのキャプシドは、きれいな正二十面体(20枚の正三角形が面をなす多面体)です。まるで人工的につくられたかのようですが、実は同じ種類のタンパク質分子が、勝手に集まって形成されたものです。

らせん状の筒のようなキャプシドもあります。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどは、このタイプです。エイズ(後天性免疫不全症候群)を引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)のキャプシドは、円錐に似た形をしています。また細菌に感染するバクテリオファージというウイルスは、正二十面体のキャプシドを頭として、その下に中空の鞘と6本の脚のような尾繊維がついています。

【図】ウイルスの構造の例ウイルスの構造の例。様々な感染症を引き起こすアデノウイルスは、典型的な正二十面体のキャプシドにDNAが入っている。インフルエンザウイルスはRNAを包む細長いらせん状のキャプシドを「エンベロープ」という脂質の膜がおおっている。バクテリオファージはDNAの入ったキャプシドの下に、複雑な構造がある。「スパイク」は細胞侵入時の鍵となるタンパク質 illustration by iStock
【写真】アデノウイルスとインフルエンザウイルスの着色された透過型電子顕微鏡写真(左、中)、およびバクテリオファージの走査型電子顕微鏡写真アデノウイルスとインフルエンザウイルスの着色された透過型電子顕微鏡写真(左、中)、およびバクテリオファージの走査型電子顕微鏡写真(右) photo by gettyimages(left)、NIAID, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(center)、Reo Kometani and Sunao Ishihara, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(right)

ウイルスの「骨格」に似た構造をつくる

松浦さん自身が参考にしたのは、トマトブッシースタントウイルスでした。名前の通り、トマトに病気を引き起こすウイルスです。あまり聞いたことはないでしょうが、過去の研究により、その構造がよくわかっているウイルスなんだそうです。キャプシドは正二十面体で粒径が33ナノメートル(0.000033ミリメートル)、中にはRNAが入っています。

【CG】トマトブッシースタントウイルスのイメージトマトブッシースタントウイルスのイメージ。モコモコした感じだが、キャプシドの基本構造は正二十面体 illustration by gettyimages

このキャプシド自体はタンパク質でできていますが、松浦さんは「ペプチド」と呼ばれる分子を使って、似たような構造をつくることにしました。前回の記事にも出てきましたが、アミノ酸がひも状につながってできているという点では、ペプチドもタンパク質と同じです。ただ、つながっているアミノ酸の数が2個から数十個の短い分子をいいます。タンパク質は50〜100個以上です。

タンパク質も化学的に合成できないことはありません。ただ現状では多くの手間やお金がかかります。大腸菌などの細胞内や、細胞を模した環境内でつくる生物学的手法はもう少し手軽ですが、天然のアミノ酸(約20種類)しか使えません。その点、ペプチドならさほどコストをかけず、数時間から数日でつくれます。また天然にはないアミノ酸を使えるというメリットもあります。

トマトブッシースタントウイルスのキャプシドをパカッと2つに割ると、中には正十二面体(12枚の正五角形が面をなす多面体)の「骨格」があります。これはペプチドが集まってできており、個々のパーツはフックのような形をした帯が3本、からまったような構造をしています。大雑把に表現すれば、三角形あるいは三つ叉状になっているとも言えるでしょう。

ペプチドが人工的に合成される過程を示す動画(BGMあり) movie by Kazunori Matsuura

松浦さんは、より簡単なペプチドで同様な三つ叉構造をつくり、それが水の中で集合するとどうなるか試しました。すると、やっぱり正十二面体の玉ができたのです。粒径は19ナノメートル(0.000019ミリメートル)くらいで、ウイルスのキャプシドよりは二まわりほど小さいのですが、同じスケールだと言えるでしょう。

後でわかってきたのですが、お互いに集まって、くっつき合う性質があれば、わりとどんなペプチドでも玉をつくります(必ずしも正十二面体ではありません)。ただし三つ叉構造にするところがミソです。実はペプチドとは全く異なるDNAでも、やはり三つ叉構造のパーツをつくれば、集まって玉になります。前回も触れましたが、これは「ヌクレオスフェア」と呼ばれています。

生物かどうかすらも曖昧なウイルスが、きれいな幾何学的構造をつくれる秘密に関係しているかもしれません。