政権に対して萎縮する空気がテレビ局にあった
――『エルピス』第1話の脚本を拝見しましたが、冤罪事件という題材を通して、国家権力による隠蔽や圧力、マスコミの萎縮した報道姿勢についても描かれていくことが暗示されていました。『ワンダーウォール』(NHK BSプレミアム、のちに映画化も/以下『WW』)にしろ、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK/以下『ここぼく』)にしろ、ここ数年の渡辺さんの脚本には、共通して“権力の横暴や腐敗”への危機感が描かれていますね。
渡辺 お恥ずかしい話ですが、もともと私は政治にまったく興味がなくて、ほとんど選挙にも行かないようないわゆる“意識の低い”人だったんです。だけど、2013年に特定秘密保護法が強行採決によって成立した頃から、そんな私ですらさすがにおかしいと思うようなことが増えてきて……。
それなのに、メディアがそれを全然報道しないことが気になっていました。テレビ局の方とドラマの企画開発をしていても、どうやら表現にいろいろな規制がかかっていて、現場が萎縮しているようだ……そんな空気をヒシヒシと感じたんです。
――渡辺さんがよくお仕事をされていたテレビ局も……ということですね。
渡辺 ただ、大組織も一枚岩ではないので、中には「これは絶対におかしい」と感じてなんとかしようともがいている方たちも確実にいらっしゃるんですよ。そういう方がたまたま私のところに来てくださったことが、近年の私の脚本の傾向につながっていると思います。
――佐野Pが最初に渡辺さんとお会いしたのが2016年ということは、『WW』や『ここぼく』とほぼ同時期に『エルピス』の企画開発も始まっていたということですか?
渡辺 そうですね。だからその……ちょうど安倍政権の絶頂期みたいなときですよね。当時、政権与党の批判が言えなくなっている萎縮した空気を感じていました。昔は、総理大臣や政治家の悪口なんてみんな平気で言っていたし、新聞にもそういう風刺漫画が普通に載っていたじゃないですか。それがこの10年くらいで、誰も言わないというか言っちゃいけないような風潮になって、それがものすごく怖かったんです。
――たしかに、昔は政権批判って、大人なら誰でも世間話のネタにするような“庶民のたしなみ”でしたよね? いつの間にか、そういうことを言うだけで“批判ばかりのダメなリベラル”みたいなレッテルを貼られるようになった気がします。
渡辺 そんな萎縮した空気の中で私だけがやる気になっても、それが局の上層部に潰されてしまったら何も変わらない。『WW』や『ここぼく』が放送に漕ぎ着けたのは、なんとかしなきゃいけないと危機感を抱いた人たちが、いろんなごまかしや言い逃れを使って上に企画を通し(笑)、どうにか表現する方法を見つけようと手を尽くしてくれたおかげなんです。