木から落ちたアウストラロピテクス
アウストラロピテクスの化石のなかでもっとも有名なものは、約320万年前の若い女性の化石である。彼女はルーシーと呼ばれており、1974年にエチオピアで発見された。

たいていの復元図では、ルーシーは低木が少しあるだけの痩せた大地を歩いている。歩くのがとても上手いので、ルーシーが地上に住んでいたと考えるのは当然だろう。ところが、それから40年以上が経った2016年に、ルーシーの死因についての論文が発表された。どうやらルーシーは、高い木から落ちて死んだらしい。
ルーシーの化石を新しい技術で分析したところ、脚や腕の骨に、特徴的な骨折の跡が見られた。それが、墜落死した人の骨折と似ていたのである。どうやらルーシーは、木にも頻繁に登っていたらしい。そして、不幸にもそこから地上に墜落して、非業の死を遂げたようだ。
この死因については異論もあるけれど、アウストラロピテクス・アファレンシスが樹上でも生活していたことは確かだと考えられる。アウストラロピテクス・アファレンシスの体には、樹上生活に適応した特徴がかなりあるからだ。

たとえば、一般に腕が長いほうが樹上生活に適応していると考えられているが、アウストラロピテクス・アファレンシスの腕はかなり長い。さらに、肩甲骨が類人猿と似ていることや、指が少し曲がっていることも、樹上生活に適した特徴として挙げられる。
つまり、アウストラロピテクス・アファレンシスの体は、上半身と下半身で異なる環境に適応しているように見える。下半身は草原を直立二足歩行で闊歩できるようになっているけれど、上半身は相変わらず木登りに適応しているのだ。
これは少し不思議な話である。どうして人類は、地上での生活に十分適応した後でも、樹上生活をやめなかったのだろうか。