2022.11.24
# 数学 # インド

ピタゴラスの定理、ゼロ……サンスクリット数学の世界へようこそ

古代インド数学の問題に挑戦!
「インドがIT大国となったのは、インド人が数学に強いからだ」。インドの隆盛の原因として、このように語られることはよくありますが、では、インドの数学の歴史を繙こうとすると、大きな困難が待ち構えています。サンスクリットの文献を読み、数学や天文学にしても、西洋のそれとは違う思考法を学ばなくてはなりません。インド数学・天文学に魅せられて40年の著者による案内です。

『インド天文学・数学集』(朝日出版社)を大学の研究室の棚に見つけたとき、体が震えるほど驚いた。本当である。「インドにも古来の天文学や数学がある」。冷静に考えれば驚くほどのことではないが、これに衝撃を受けた当時の純真無垢、いや単に無知だった私は、迷うことなくそれを研究テーマに選んだ。

高校まではいわゆる理系だったこともあり、天文学や数学自体に苦手意識はなかったとはいえ、インドのそれについての予備知識はまったくない。有名な『零の発見』は読んでいたけれど、それは数学自体を扱っているわけではない。大学の図書館で唯一見つけたインド天文学のサンスクリット原典の内容は、指導教官すら知らなかった。どこを読んでも、どれを読んでも知らないこと、わからないことばかりの文献たちとの付き合いがこうして始まり、相性がよかったのか縁は続いて40年ほどになる。

理系のサンスクリット文献

インドの数学書、天文学書はそのほとんどがサンスクリットという言葉で書かれている。既存言語を下に文法学者によって整えられた一種の人工言語で、日常生活には用いられない。世界一難しいなどと言われることもあるが、きちんと習えばもちろん読めるようになる。ただそれを教えるのはほとんどが仏教学やインド哲学あるいは言語学の学科であり、つまり文系である。

そういう学科に入ってくる人間自体がかなり稀少であるが、そのなかで数学や天文学の文献を読みたいなどというものは、きわめて珍しいわけで、つまりインド数学や天文学の研究というのは変わり者を二重にひねったようなニッチな分野である。

インドの学術書は原則韻文(定型詩)で書かれる。これは記憶する、暗唱するということが学問修業の第一歩であるからで、漢文の素読に似ている。頭の柔らかい幼少期のうちにともかく文章を体にたたき込んで、意味内容はあとからじっくり先生に教わる。

数学や天文学もその例外ではない。天文の理論書や計算表、数学問題集など主要な文献はみな韻文で書かれている。しかし記憶の弁を図るあまり省略も多く、それだけでは完全な理解はできないものも多い。たとえば、

「円周の4分の1を三角形と四角形で分割せよ。等しい弧に対する正弦が好きなだけ半径の上に。」(アールヤバティーヤ第2章第11詩節)

という詩節(林隆夫『インドの数学』ちくま学芸文庫ハ56 p. 202以降に詳しい解説があります)。これは正弦(サイン)を計算するための方法を述べたものなのであるが、これだけではどうすればいいのかサッパリわからない。

先生による解説が前提となっているのだから当然とも言えるが、先生がいなくては理解ができないのでは不便であるので、作られたのが注釈文献である。

先生クラスの学者が、こちらは散文で、もとの韻文の意味をかみ砕いて説明してくれている。これらの文献を合わせ読むことで、先生を持たない私たちでもインドの天文学や数学の内容を学ぶことができる。

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