2022.11.24
# 数学 # インド

ピタゴラスの定理、ゼロ……サンスクリット数学の世界へようこそ

古代インド数学の問題に挑戦!
池山 説郎 プロフィール

数学といってもインドの伝統的なそれは、社会一般に共通の数学ではなく、さまざまな活動の中で必然的に求められるようになった数に関わる知識・技術であった。よってそれを学ぶのもまずは該当する活動に関わる人々である。現在まで伝わる数学書には相当専門的な議論も含まれており、それらの議論をおこなったのは学者と呼べるであろうごく限られた知識人である。

しかし同時に数学書には、社会活動を前提とした実用算も例題として多く含まれており、これらを学んだのは多く行政府で財政などを担当する会計士、あるいは商人であっただろう。一方では、古くから続く伝統的な祭式儀礼をおこなうのにさえ幾何学の知識が必要であり、そのような儀礼を実行する僧侶も当然関連する数学的知識を学んだ。

この宗教儀礼に関わるものが現存する最も古い数学的知識であるので、まずはそこから見てゆこう。

祭壇設営の幾何学

インド数学の始まりは、祭式儀礼のための祭壇設営である。インドの祭式儀礼はきわめて古く、アーリア人のインド侵入とともに始まり、当初は口頭で伝えられていた内容が文字に記されはじめたのが紀元前1200年頃とされる。以降儀礼の細部に至るまでを規定するさまざまな文献が作られた。そのうち、祭壇の設営法を記した文献として「シュルバスートラ」と呼ばれるものがある。

インドの文献は成立年代がはっきりしないものが多く、シュルバスートラも何種類かあるうちの古いものは紀元前5世紀頃の成立ではないかとされる。儀礼用の祭壇はレンガを積み上げて構築するのだが、その元になる図面を地面に描くための方法がこのシュルバスートラに記されている。シュルバスートラは直訳すれば「縄経」とでもなろうか。地面に図形を描く際にロープと短い杭を使うのでこの名があるという。

祭壇の形は儀礼で何を願うかによってその形や大きさがさまざまに規定されており、規程通りの祭壇を築くためにはそれなりの幾何学の知識が必要となる。インド数学の始まりはこのシュルバスートラにおける祭壇設営のための幾何学にある。ここでは円形の祭壇を築く手順をたどりながら、そこに見られる幾何学をたどってみよう。

まず祭壇の大きさを決めるのであるが、基準となるのは祭主(祭の依頼主、スポンサー)の身の丈である。たとえば祭壇の面積は、祭主がバンザイをした形の指先から足先までの長さを「1人間」として「7.5平方人間」が基準面積である。また祭壇の高さは、祭主の膝下までの高さとすることが決められている。

つぎに設計図として地面に円を描く。円の面積は基準面積(7.5平方人間)である。これは次のようなステップで進められる。

1. 基準面積の長方形(3人間×2.5人間など)を描く。
2. この長方形を、等面積の正方形に変形する。
3. この正方形を、やはり面積を変えないで円に変形する。

シュルバスートラにはこのすべてのステップについて手順の説明があり、これが「幾何学」ということになる。最後に、こうして描いた円の中に収まるようにレンガを積み重ねて祭壇を作る。祭主の膝下までの高さになるように、通常は5段積み重ねる。その際、レンガの境目が重なると崩れやすくなるので、偶数番目の層と奇数層では境目が重ならないように積む必要があるが、その積み方もシュルバスートラに説明されている。

独自に使われていた「ピタゴラスの定理」

さて、上の手順に現れる幾何学的方法をもう少し詳しく見てみよう。ステップ1の長方形も正確に描くには直角をきちんと出すなどそれなりの手順(もちろんシュルバスートラには説明されている)が必要であるが、ここではそれはできたとしてステップ2から説明する。これは以下のようなアイデアでおこなわれる。

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