2022.11.14

17世紀の経済思想を探れば、人口問題の広大な裾野が見えてくる

食・職・生殖・価値観・政治体制……
人口問題の解決は日本の喫緊の課題である。

少子化による市場の縮小、生産年齢人口の減少、急速な高齢化による社会保障の増大に対し、政府は高齢者の雇用や需要喚起政策、金融政策など様々な対応を図っている。

だが、それらが有効に機能せず、根本的解決に至っていないのは何故なのだろうか?

この問題を考える上で『人口の経済学 平等の構想と統治をめぐる思想史』は多大な示唆を与えてくれる。

ここでは、ヨーロッパ各国を巻き込んだ30年戦争、イギリスのピューリタン革命、フランスのフロンドの乱など社会・政治の不安が続いた「17世紀の危機」とも呼ばれる時代――重商主義の経済思想について考察する。

(※本稿は、野原慎司『人口の経済学』を一部再編集の上、紹介しています)

データ・統計の客観性への疑問符

17世紀の経済学は通常「重商主義」と呼ばれ、広い意味で、政治や統治のあり方についての論考を含んだ経済学説だと言える。経済活動はより政治・統治の考察に包摂されがちであり、それが、重商主義の時代の経済学であった。

君主への助言(君主の鑑の伝統)に始まり、17世紀には君主や国家の良き統治への助言として経済は論じられ、その中で、人口論も位置づけられていた。その際、重要なのは、ウィリアム・ペティ(1623-87年)の「政治算術political arithmetic」である。
それは、統治は、人口などの「客観的」数量的統計・データに基づき行われるべきものとする考えの誕生を意味した。このような考えを仮に「データ主義」と名づけると、17世紀はデータ主義が誕生し一定の影響を与えた時代であった。データ主義としての政治算術の誕生は、統治の技法の転換という点からも意義深いことであった。
政治算術自体には毀誉褒貶はあれ、何らかのデータに基づき経済は分析され、統治の材料とされるべきという考えは、ペティ以後多かれ少なかれ見られるようになったからである。

しかし、このデータ主義が前提とする「客観的な」データは、データの収集が未熟で技法も稚拙であることから限界があった。

 データ主義とりわけ政治算術は宗教的・政治的目的と密接に関連していた。政治算術はベーコン主義を背景とするが、そのベーコン主義には宗教的目的があった。

さらにペティ自身、政治算術を一定の政治的意図で用いた。このようなことは初期のみに見られるデータ主義の限界とは言い切れない。

現代においてさえ、データの収集方法や見せ方によっては主観が入り得るが、そのことをさておくとしてデータそのものは客観的であると前提してさえ、データを用いて分析し経済・政策分析にいかそうとする人間は価値観の影響を免れない。

データ主義に基づく統治は決して完全に客観的ではありえないが、ペティの検討はそのことを示してくれるであろう。とりわけ、人口分析という領域でも、神学的・道徳的価値観とこの時期は無縁ではなかった。

ペティ wikipedia

関連記事