2022.11.03
# 将棋

「佐藤天彦マスク問題」の裏側にあるもの…「軍曹」を悩ませた「将棋界の常識は世間の非常識」

元名人の佐藤天彦九段が前代未聞の「マスク未着用による反則負け」となった、A級順位戦。厳格なことで知られる対戦相手の永瀬拓矢王座は、世間の非難がまさか自分に向くとは思いも寄らなかった。棋界でジョークのように言われる「千駄ヶ谷の常識は世間の非常識」はどうやらホントもあるようで…。

「反則負けにしてください」と5回要求

10月31日夜、レジェンドの勝利に将棋ファンは沸き立った。52歳の羽生善治九段が、永瀬拓矢王座に勝ち、王将戦挑戦者決定リーグ5連勝となって1位確定となったのだ。暫定2位の豊島将之九段にもプレーオフの目があるとはいえ、通算100期の大一番をかけて、羽生九段が藤井聡太五冠と激突する可能性が非常に高くなった。

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〈一番苦手としていた永瀬さんを、ここで倒すなんて凄い!〉〈羽生先生と藤井先生のタイトル戦、想像するだけで胸が熱くなる〉といった書き込みが続出する中、〈やっぱり永瀬先生には佐藤天彦戦の影響があったんだな〉という感想があった。

永瀬拓矢は、藤井の研究パートナーとしても知られるタイトルホルダー。ストイックな姿勢と勝負に辛い棋風から、将棋界では「軍曹」の愛称で知られる。その永瀬が負けた心理的影響とは、3日前に発生した「マスク反則」騒動だった。

将棋連盟は今年2月より、健康上の理由がある場合や飲食など一時的な場合を除き、対局時にマスクを外した場合、反則負けになるという規定を定めている。

ところが10月28日に行われたA級順位戦、永瀬vs.佐藤戦の終盤、盤面に集中する中で佐藤九段がマスクを外したまま思考の海に沈んでしまったのだ。激戦は深夜に及んでおり、立会人もいなかった。当事者以外に将棋会館に残っているのは、数名の観戦記者と連盟関係者のみだった。当日の様子を知る将棋連盟関係者が言う。

「永瀬先生は、佐藤先生がマスクを外してから、5回も記者室にやってきて『反則負けにしてください』と要求しました。ただ、記者としても自分たちで勝負を決めるわけにはいかないので、渉外担当理事だった鈴木大介九段に連絡して、裁定を受けるため時間がかかっていたんです」

 

中断時の局面の形勢は、将棋ソフトの評価値で言えば500点程度、後手番の佐藤がやや有利な局面だった。その後、佐藤の反則負けが決定し、一般ニュースで報じられた際、朝日新聞が「ちなみに囲碁の場合は、マスク着用を促す注意がなされ、それに従わなければ失格となる」と報じたことも手伝い、「なぜ一言、本人に注意してからの反則負けにしなかったのか」という意見がSNSなどにさかんに投稿された。

さらにはホリエモンが「永瀬、せこい」という書き込みをしたこともあり、将棋界は久々の“炎上”に襲われてしまったのである。

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