2022.11.09

なぜヒグマは人を襲うのか? 過去70年のヒグマ事件を掘り起こしたら、衝撃の事件だらけだった

神々の復讐(前篇)

昨年は4人が殺された

昨年、令和3年は、未曾有のヒグマの暴れ年であった。

この年のヒグマによる死傷者は12名(死者4名、負傷者6名)にのぼり、統計を取り始めた昭和37年以降で最多となったという。このうち死者を出した4つの事件は以下の通りである。

・4月10日、厚岸町床譚の道有林内で、山菜採りの60代男性が頭部に損傷を受け死亡。加害熊は未獲。

・7月2日、松前郡福島町白符の自宅畑で、70代女性が襲撃され死亡。加害熊は未獲。

・7月12日、紋別郡滝上町の林道で、内地から観光で来ていた60代女性が襲われ死亡。加害熊は未獲。

・11月24日、夕張市内の山林で、狩猟のため入山した50代男性が襲われ死亡。加害熊は未獲(北海道環境生活部環境局自然環境課)

夕張市と滝上町については、明治大正期を通じて事件の記録はほとんどない。そこで、ここでは残る厚岸町と福島町における過去の事件について触れてみたい。

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まず厚岸町については、65頭もの牛を喰い殺した個体「oso18」が話題になっている。

報道によれば「oso18」は体長3メートル、体重300~350キロという巨大なオスで、ネーミングの由来は、標茶町オソツベツの牧場に残された足跡が18センチもあったことによるという。ちなみに偶然にも、スペイン語でクマのことを「oso」というが、それはどうでもいいとして、実はこの標茶町から厚岸町にまたがる一帯、特に「別寒邊牛」といわれる地域では、明治大正の時代から、不思議なほどに人喰い熊事件が多発しているのである。

  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大