2022.11.22
# 週刊現代特別企画

休憩が世界を多様に面白くする

不透明な世界の健やかな生き方

仕事の手をいったん止めて、コーヒーを買いに行く。コーヒー片手に喫煙所で一息ついていると、同僚が一服しにやってきて、とりとめもない会話をする――。そんな時間の価値を、最近いっそう感じるんです。

年を重ねるにつれ、休憩を意識的にとるようになりました。特に研究や、執筆の仕事には切れ目がありません。けれど、体力は日々衰えていきますから、書き続けることはできない。でもそれ以上に、仕事というのは、途中で「自ら手放す」必要があるということが、だんだんと分かってきたんです。

コロナ禍で、多くの人が「休憩」の大切さを実感したのではないでしょうか。

自宅でリモートワークをしていると、休息のタイミングが見つけられずストレスが溜まったり、また、感染対策のために予定通りに作業が進まず、苛立ちを覚えた人もいると思います。

ただ、生産性という観点でいうと、生産するためには「生産しない時間」が必要なんですよね。つまり、ひたすらに仕事をして最短距離で仕上げる、という予定の立て方をしても、実のところうまくいかない。

例えば、村上春樹さんは、毎日同じ量を書き続けると言いますけれど、午前中しか執筆しないそうです。つまり、時間を空けるわけです。

マリネする、という表現を僕は使っています。マリネを作るには、魚や野菜をマリネ液に漬けて、一晩冷蔵庫に置く。そんな長い時間ではなくても、放って置くうちに味が馴染んでいる。仕事にも少し置いておいてマリネするようなところがあります。解決しよう、解決したいとうんうんと意識していた問題が、一度放って置くことで、無意識に解けていくことがある。

一方で、再起動が難しい時というのはあります。文章を最初から読み直すのは大変だし、プロジェクトをリセットして切り替えるのはしんどい。でも、一度ご破算にして抱えている問題を捉え直すことで、実際に仕事が好転したことを実体験として僕たちは学んでいるはず。だから僕も休みを恐れなくなったし、「構造化された思考」の中からは出てこないアイデアを、一度別のことを考えて風を入れることで、生み出せると気付いた。

従来の枠組みから外れた新しい価値、創造性がとりわけ重視される現代、型にはまらない雑多な思考、時間の使い方はより大事になっています。ただし、「構造から逃れるための休憩」を構造の中にいれる、つまりシステム化してしまうと、どんどん世の中はつまらなくなるでしょう。

休もう、余白を作ろうと目的化するのではなく、いい加減な気持ちで不意に休憩して、何気ない会話を誰かとはずませる。そんな時に人が感じた価値観が、世界を多様に、面白くするんだと思います。

千葉雅也(哲学者)
1978年栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は哲学・表象文化論。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『オーバーヒート』「マジックミラー」など著書多数