気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、3つの作業部会に分かれ、世界中の科学者、研究者、識者が気候変動にまつわる報告書をまとめています。第1作業部会(WG1)は気候システムや気候変動に関する自然科学的根拠について、第2作業部会(WG2)は自然生態系、社会経済などに及ぶ気候変動の影響・適応・脆弱性について、第3作業部会(WG3)は気候変動の緩和策について。2022年2月、前回から8年ぶりに、第6次評価報告書第2作業部会報告書が承認されました。
気象、健康、農業、水の分野の科学者であり、今回の報告書の執筆者である4人に、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーの堅達京子さんがインタビュー。今回は、元気象庁気象研究所気候研究部長の鬼頭昭雄さんに話を伺いました。気候危機における影響と対策、地球のこれからを考えます。
鬼頭昭雄さんに聞く、
気候危機がもたらす世界
堅達 鬼頭先生にはご担当の熱波、大雨、干ばつ、台風、海面水位上昇がアジアに及ぼす影響という観点からお話を伺います。まず、どういった点が前回の第5次評価報告書と比べて新しくなっているのでしょう。
鬼頭 影響評価に関していちばん大きな点として、これまでに起こった気候変動の、人間あるいは世界の気候システムに及ぼす影響がより広範に、より強く、はっきりとわかってきているということを伝えています。
堅達 前回の報告書は8年ほど前、その間、気候危機は加速しているのでしょうか。
鬼頭 8~9年ほど前と比べると世界の温暖化レベルがかなり上がってきて、現在も上昇を続けている。かつ世界全体で見るとエネルギーの使用量は減っていません。温室効果ガスは増え続けていて、これまでに起こった気候変動の影響自体が以前に比べると悪くなっている。将来起こりうる影響についてもより深刻だという結論になっています。
堅達 どうしてこの8年でそこまで深刻になってしまったのでしょうか。
鬼頭 これまで評価されていなかったものに対する研究がなされて、そこでの知見が出てきているということがあります。例えば海面水位に関して、第5次評価報告書のときと比べると、南極やグリーンランドの氷床、それが溶けることにより、海面水位が高くなるという新たな予測が具体的に出ています。

堅達 水害は我々日本人にも非常に関心の高いところだと思います。
鬼頭 海面上昇というのは、非常に大きなインパクトで広い範囲で起こります。日本の場合、海岸線を堤防で覆って、高潮が来ても守れるようにインフラを整備していますが、アジアの国々を見渡すと必ずしもそうではない。南アジアや東南アジアの国々、太平洋の島しょ国では、海面の上昇そのものが住まいを奪うということ。住む土地がなくなれば、どこかへ移動しなければならない。それは単に場所が変わるだけでなく、食料の確保や仕事といった人間生活全般にわたる影響を及ぼすことになります。しかも今後100年、200年で元へ戻ることはない。海面上昇はすでに起こっていて、国あるいは場所によっては影響が出ていますが、それが世界の気温上昇が1.5℃を超え2℃となった場合には、さらに悪い影響を及ぼします。これは時間的には長いスケールで起こってくることですが、そのときになってからでは遅く、今すぐ対策を立てておかないと取り返しのつかないことになります。
堅達 COP26でもMAPA(Most Affected People and Areas)という言葉が注目されました。最も影響を受けやすい地域に暮らす人々が大勢いて、気候危機の問題では気候難民を生んでしまう。今回の報告書でも脆弱なエリアに住んでいる人は30億人以上いるという評価もあったと思います。
鬼頭 気候変動の影響というのは不平等なんです。どこに住んでいるかによっても違いますし、ちょっと貧しければ準備や対策もできない。それを克服するための解決策は、まさにWG2全体の重要なテーマの一つとして議論されているところです。