「人はなぜ非合理な行動に走り、集団では理性を失うのか」エーリッヒ・フロムからの問いかけ

人間はいかに生きるべきか

ドイツの社会心理学者で精神分析家、エーリッヒ・フロム。

敬虔なユダヤ教徒の家庭に育ったフロムは懊悩の果てに、フロイトの精神分析とマルクスの社会科学を融合させた「真の人間法則」にたどり着いた。

人はなぜ非合理な行動に走り、集団では理性を失うのか。

今の時代だからこそ読むべき思想家を100ページ程度で語る「現代新書100(ハンドレッド)」シリーズの最新刊、『今を生きる思想 エーリッヒ・フロム 孤独を恐れず自由に生きる』から、「はじめに」とフロムの生涯についてを紹介する。

はじめに

エーリヒ・フロムは予言者である。
――私はそういいたいと思う。

第二次世界大戦以前から、有名なEscape from Freedom(『自由からの逃走』)などの著作により、フロムは現代資本主義社会の本質をいち早く見抜き、人間を疎外し不幸にするその病理に厳しい警告を発していた。その分析の目は鋭く、核心を衝いた批判は今なおまったく古びていない。

しかし、現代は、フロムが予言し警告を発していた通りの世界になってしまった。
人間は資本主義社会の中で、「消費人」「組織人」として目に見えるものであれ見えないものであれ、あらゆる種類の権威に従い、それどころか自らがそのような権威に従っていること自体にすらも気づかない。本当の「自分」を持たず、「ひと」の顔色を窺い「ひと」の意見に従い、「自分」の人生を生きられなくなってしまっている。戦争による人類滅亡の危機もいよいよその度を増している。

その意味において、私はフロムは、単に将来を予測する「予言者」には止まらない「預言者」でもあると思う。

フロムは、代々ラビ(ユダヤ教の聖職者)を輩出する家系に生まれた。預言者とは本来、神の言葉を「預かる」者の謂いであり、このユダヤ教の伝統に則る存在である。預言者は神の言葉を預かる。そして彼が預かった神の言葉は同時代人の精神的堕落に対して「改めよ」と警告を発するものである場合が多かった。

しかし、その声はたいてい大衆には届かない。例えば、ユダヤの民は預言者エレミヤの警告に耳を傾けず、その結果、強大なバビロニア王国の王ネブカドネザルにより民族ごとユダヤの地を追われ、バビロニアに強制的に移住させられるという民族の悲劇「バビロン捕囚」の憂き目に遭った。

「ひと」は、預言者の警告に耳を傾けない。だが破局の後、彼が正しかったことを知る。

フロムを読む者も、同じく決断を迫られるだろう。

フロムは、Man for Himself(『人間における自由』)の序文で次のようにいっている。今日、多くの人が心理学の書物に「幸福」や「心の安らぎ」を得るための処方箋を期待するが、この本にはそのような助言はない。本書の目的は、読者に安らぎを与えるというより、むしろ、読者に問いを投げかけることにある、と。これはフロムの他の著作にもいえることである。

もっともフロムは処方箋はないといっているが、何も答えを出していないわけではない。それどころではない、根本的な解決法までも提示している。問題は、そのフロムの提言を受け入れるだけの「勇気」が現代人にあるかどうかである。

フロムの提言自体はむしろシンプルである。しかしそれがシンプルだということは、本質的、根本的だということである。本質を衝いたものであるために、受け入れることが難しい。なぜならそれは現代人に「改めよ」と生き方の根本からの変更を迫る、まさしく「預言者」の言葉だからである。

フロムはなによりもまず、人間が本来的に持っている「ヒューマニズム」に信をおかなければならないと主張する。そう聞くと、おそらく多くの現代人は何と楽天的な提言かと失笑を禁じ得ないことだろう。「リアリスト」をもって任ずる多くの現代人にはこのような提言は単なる夢想にしか見えないのだ。

だが、こうした「リアリズム」そのものが、フロムによれば自身の「弱さ」の偽装されたもの、「現実からの逃走」にすぎないのだ。現実を見ていないのは、フロムではなく、「彼ら」なのだ。

Photo by GettyImages

フロムは、「人間はいかに生きるべきか」への答えとして、なによりも人間存在の内に「理性」と「愛」を発達させることを勧める。もっともそういわれても、それがどういう意味なのか、まだしっくりとは肚に落ちないことだろう。これから共にフロムの思想を繙いていくことによって、これがどういう意味なのか一緒に考えていただければ、これほどの著者としての喜びはない。

私が初めてエーリッヒ・フロムの名前を知ったのは、高校三年生の時だった。今から五十年ほど前のこと。フロムは同時代を生きる思想家だった。図書室の司書の先生に借りたフロムのEscape from Freedom(『自由からの逃走』)を読んで以来、フロムの著作を折に触れて読んできたが、フロムの没後40年が経過した今再読すると、冷戦下、核戦争による人類の全滅まで危ぶまれた中でフロムが人類および社会に発した警告は今でもまったく古びていないことに驚いた。それどころか、フロムははるか先の時代を見据えていたので、彼の「予言」がある程度実現した今の時代に生きる我々にこそいっそうリアルに響く。その意味で、フロムは今こそ読まれるべき思想家なのである。

関連記事