2022.11.15
# 本

作家・池井戸潤が明かす『ノーサイド・ゲーム』誕生秘話「正義を問うためには、まず正直でいなければ」

アジア圏では初の開催となったラグビーワールドカップ2019日本大会。開催に湧いた年に刊行された小説とそれに基づいて製作されたドラマが、日本のラグビー界、ひいては広く社会へ一石を投じたことを記憶している人も多いだろう。

池井戸潤氏による長編小説『ノーサイド・ゲーム』は、紳士の競技と呼ばれるラグビー、その社会人チームが抱える歪(いびつ)な側面にあえて焦点を当て、企業スポーツとしてのラグビーの経営改革に立ち向かう主人公の闘いを描いたニュータイプのスポーツ小説。「ダ・ヴィンチ」のBOOK OF THE YEARで第一位に輝いた。

ワールドカップ、コロナ禍、オリンピックを経て、不安定さを増す世の中と今なお揺れ動く日本ラグビー界を見つめ、作家は何を思うのか。

このたび文庫化された『ノーサイド・ゲーム』の発売を機に尋ねた。

(インタビュー・本文/大谷道子)

撮影/大槻志穂
 

疑問を抱えたまま「ラグビー賛歌」は書けない

思えば、ラグビーはずっと特別なスポーツとして崇められてきた。高校ラグビーを扱った往年の人気ドラマに登場したキャッチフレーズ《One for all, all for one(一人は皆のために、皆は一人のために)》は広く世の中に浸透し、どんなに激しく争っても試合が終わればお互いを讃えあうというノーサイドの精神は、気高さの象徴として語り継がれている。ラグビー界を舞台にした新作の執筆に取り組んでいた池井戸潤氏にも、「その先入観は抜き差しがたくあった」という。

文庫版『ノーサイド・ゲーム』定価:本体920円(税別)11月15日刊行

「ラグビーは神聖なスポーツである、という刷り込みですよね。ただ、そうして頭の中に出来上がっていた像と、ラグビー関係者の方々から話を聞いて浮かび上がってきた日本のラグビー業界の姿には、どうにもギャップが感じられて仕方ありませんでした」

『ノーサイド・ゲーム』の舞台は、自社にラグビーチーム・アストロズを抱える大手自動車メーカー、トキワ自動車。経営戦略室に籍を置くエリート社員の君嶋隼人は、大型企業買収案件の提案を経営本部長の一存でリジェクトされた上に郊外の工場の総務部長に左遷され、そのポジションが代々担ってきたアストロズのゼネラルマネージャーに任命されてしまう。ラグビーについてはまったくの門外漢であった君嶋が直面したのが、アマチュアとはいえまったく収益性のない企業スポーツの経営実態と、巨額の年間経費を唯々諾々と許容し続ける会社の体質。主人公の視線で描き進めながら、違和感は日々、大きくなっていったという。

「集客方法やチケットの売り方にも、協会(日本ラグビーフットボール協会)が管轄する収益金の分配方法にも、オーナーである企業の応対にも……。正直なところ、『この人たちは本気で自分の足で立つ気があるのだろうか?』という甘さを感じたんです。実際にプレーする選手たちはもちろん一所懸命ですし、尊い精神もあるにはあるだろうけれども、企業スポーツとしての構造には問題しか感じられない。ラグビー賛歌のようなストーリーを書いたとしても面白いとは思えないし、結果、ほぼ書き上がっていた小説の第一稿を、いったん捨てることになりました」

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