聖域なき時代を生きるスポーツマンと読者のために
書き上げた直後は「ラグビー界からは“出禁”を食らうかもしれないと思った」という池井戸氏。しかし、小説とドラマは圧倒的な支持をもって社会に受け入れられた。
「そもそも、出禁になっても小説家の自分には何の不都合もなかったですし(笑)。単行本が出てドラマが放送されたあとは、『よくぞ書いてくれた』という反響もいただきました。ドラマ化も含めて、内在する問題点を世の中に知らしめる効果もあったかもしれませんね。が……これをもって日本のラグビー界の状況を変えられたかどうかとなると、ちょっと疑問かな」
確かに、2019年以降の状況をさらうと、さまざまな問題が浮かび上がる。ワールドカップ日本大会は一時の熱狂を呼んだものの、それを社会的、組織的に維持できているかという点には疑問符が。そして、社会人ラグビーの全国リーグであるトップリーグを引き継ぐかたちで誕生したリーグワン(JAPAN RUGBY LEAGUE ONE)も、浸透度や注目度の点でいまひとつインパクトを欠いている。池井戸氏も、その状況を冷静に見つめている。
「ワールドカップ後、コロナ禍もあって厳しい状況になった中でのリーグワンへの変更はどうかなと思いました。せっかく馴染みかけていた看板を変えてしまい、さまざまなものが未消化のまま始まって……。せっかくプロリーグを目指して改革しようという人たちが立ち上がったのに、まだまだ旧弊な勢力が居座って力を振るっている様子も見えてきて」
さらにオリンピック東京大会の周辺で明らかになり、物議をかもすことになったラグビー協会トップの人権意識を疑われる発言や、協会内部の体質の問題。観客となる一般大衆にとって、もはやスポーツ界は聖域ではなく、そのあり方が根本から問われている時代だ。
「ですから、ラグビー協会はもう一度よく考えて、ファンを増やすための有益な施策を打ち出していかなくてはならないと思います。まずは、世界に誇れる日本代表チームを作ること。野球やサッカーでもそうですが、やはり代表が強く、世界の舞台で活躍していなければ、そのスポーツへの支持は広まらない。その意味でも、2023年のワールドカップフランス大会が勝負になるでしょうね」