2022.11.24

【独占インタビュー】「世界的知性」スティーブン・ピンカーが語った「『表現の自由』は、なぜこれほど重要なのか?」

『21世紀の啓蒙』『暴力の人類史』などの著作で知られ、さきごろ新著『人はどこまで合理的か』が刊行されたハーバード大学心理学教授スティーブン・ピンカー博士に、批評家ベンジャミン・クリッツァー氏が行ったインタビューを3回シリーズでお届けする。第1回は「キャンセルカルチャー」や「Wokeカルチャー」などについて話を聞いた。

以下、記事中のグレーの囲み部分は、クリッツァー氏による補遺です。

人はなぜ「集団として合理的」なのか?

——ピンカーさんは『人はどこまで合理的か』では証拠に開かれたオープンマインドの重要性を説き、『21世紀の啓蒙』では啓蒙主義の大切さを論じておられました。最近のピンカーさんの著作からは「アメリカのアカデミアに蔓延する不寛容をなんとかしたい」という気持ちや、「合理性や科学的事実を重視する議論をポストモダニズムやアイデンティティ・ポリティクスによる攻撃から守りたい」という問題意識を感じます。

おそらく、アメリカで流行っている「キャンセルカルチャー」や「Wokeカルチャー」に対する批判も最近の著書を執筆された背景に含まれていると思うのですが、いかがでしょうか?

 

ピンカー まず、私は著書のなかで単に「キャンセルカルチャーに対する批判」を書こうと思ったわけではありません。そのような批判はすでに大量になされており、私もそれらの批判には同意していますが、私による批判をわざわざ本にして付け加える必要はないと考えます。

『人はどこまで合理的か』では「人間は個人としては様々な誤謬を犯したりバイアスを抱いたりするが、人類全体としては驚くほどに合理性を得られているのはなぜか?」という問いを扱いました。人々が自由に意見を言えて他の人がその意見を自由に批判できる集団では、その集団全体がより合理的になる、というのがその答えです。

しかし、多数派の意見に同意しない人が権力によって黙らせられたりキャンセルされたりしてしまうと、この「表現の自由」と「開かれた討議」というこのプロセスやメカニズムそのものが機能しません。特定の意見が正しいものとして押し付けられてしまう社会では、真実を追求して合理性に近づくことは不可能になり、多くの物事について間違った理解をすることになります。

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