2022.11.24

今の彼がいなければ、たぶんいじめっ子を殺していた…42歳ASD女性が明かす「真っ暗」な心の内

秋山 謙一郎 プロフィール

悩みがスッと引いていった

発達障害を持つ人や識者のなかには、このネーミングをやめて「発達特性」など、“障害”の言葉を用いないようにという声がすくなからずある。ユミコさんはこれに異を唱える。

(以下、語り)

障害でも特性でも、正直、名前はどちらでもいいです。問題はこの特性なり障害なりで、他者、他人とのコミュニケーションが取れない、そこから働けない……ということに尽きるんです。特性ではなく障害となれば就職先の斡旋もありますし、市営バスにも福祉乗車証で無料で乗れる。これらに限らず経済的な負担を軽減して貰えます。だから特性ではダメ。やはり障害にして頂きたいですね。

(以上、語り。以下、本文)

現在、精神障害福祉手帳を持つユミコさんだが、そこに至るまでには数えきれないほどの心の葛藤があったと話す。そのうちのひとつがこの“障害”という言葉だ。

PHOTO by iStock
 

しかしこれを受け入れると、過去、子どもの頃から40代を超えた今日までずっと続いている悩みがスッと引いていったという。

(以下、語り)

子どもの頃から、学校では浮いていました。小学校では軽いいじめを受けたこともありました。でもそれ以上に「わたしという存在がないもの」という扱いが多かったですね。まだいじめられる子は存在がクラスなり学年なりで認識されている。

わたしの場合は違うんです。まるっきり存在がないものとして扱われる。だから席替えとかグループ分けとか、そういう日は本当に苦痛でしたね。友達なんていませんよ。大人の人がするような表面的なお付き合いでしたね。

わたしね、今でもそうなんですが「他人を愛称やあだ名で呼ぶタイミングがわからない」のです。普通というか多くの人は、新学年になり新しいクラスになった、なんとなく気の合うお友達同士でグループになり、いつしかあだ名や愛称で呼び合うようになりますよね。

わたしの場合、その切っ掛けがなかなか掴めないのです。社会人になった今でもそうです。

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