進行性の難病「多系統萎縮症」を告知され、一時は病気で亡くなった夫や息子の後を追うことも考えた高清水美音子さん。「生きよう、仕事をしよう」と決意し、障害者雇用の現実にも直面。一時期落ち込むこともあったが、出版社との出会いがあり、これまでの編集者・ライターの経験を活かせる職場に就職が決まった。

そんな矢先に、多系統萎縮症ではないかもしれないと告げられたのが、就職から2ヵ月経った時のことだった。多系統萎縮症ではなくパーキンソン病ではないかというのだ。もちろんパーキンソン病も、マイケル・J・FOXなど多くの方が苦しむ病気だ。しかし多系統萎縮症の場合、進行が早く、数年で歩けなくなったり、動くことが困難になったりすると言われている。「長生きできますよ」と主治医から言われたのはそういう理由だ。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でおなじみマイケル・J・フォックスは30歳のときにパーキンソン病と診断された。「マイケル・J・フォックスパーキンソン病リサーチ財団」を設立し、還暦を超えた今もパーキンソン病支援活動を進めている Photo by Getty Images

ただ、高清水さんは最初、長生きできるかもしれないという喜びよりも「障害者雇用は大丈夫か」と思ってしまったという。

障害者雇用の現実を伝える連載4回の前編に続き、後編では詳しく検査をしたときのこと、死を覚悟した時の率直な思いをお伝えしていく。

 

母の主治医の「進行が遅くなる遺伝子」説

わたしが主治医に、
「多系統萎縮症ではなく、パーキンソン病だと思う」

と言われたとき、生きていられる時間の長さにものすごく差がある話なのに、椅子から転げ落ちるほど驚かなかったのには、訳がある。

ちょっと時間をさかのぼる。あれは、5月のこと。

わたしの母もパーキンソン病。かかっている病院に、新しく脳神経内科の先生が来た。これからその先生に診てもらうそうだ。そこで母は、自分のこれまでの経緯をざっくり話す。30代半ばから症状が出ていた母が、初めて脳神経外科を受診したのは、60代。今77歳だから、発症から40年くらいになると話したら、
「パーキンソン病で40年も生きている人は、いませんよー」
と、言われたのだという。 

そしてどこでも、わたしの多系統萎縮症のことを相談する母は、わたしのことも、ひととおり話したらしい。偶然にもこの先生は、わたしの主治医の先生と、面識があるという。

「車椅子で来るかなと思っていた娘さんが、杖でスタスタ来たのですから、それは主治医の先生も驚いたでしょう」

症状は人それぞれ。中には2年ほどで歩けなくなる人もいるようだ Photo by iStock

このとき、私は告知されてからもうすぐ3年というころだった。え? 2年で車いす? どうやら、一般的に言われている「5年で車椅子」どころではなく、多系統萎縮症の進行はもっと早いことが多いらしい。

「お母さんも、大変進行が遅いですよね。たぶん、進行が遅くなる遺伝子をお持ちなのではないでしょうか」

「その遺伝子を娘さんが受け継いだので、進行が遅いのでしょう。娘さんは、パーキンソン病だと思いますよ」

こんなやりとりがあったのだと、母から聞いていた。だから、本当に「進行が遅くなる遺伝子」があるのかな? と、少し思うようになっていた。