「中国・ロシアに侵される日本領土」を撮り続ける写真家が日本人に伝えたい、たった一つのこと

国境を越えてウクライナに侵攻したロシア、日本の国境を脅かす核保有の3強権国家(中国・ロシア・北朝鮮)――いま日本の国境が問われている。
そんな中、日本の国境を撮り続ける国際フォトジャーナリスト・山本皓一氏(79歳)が、自身の集大成として、新著『中国・ロシアに侵される日本領土』(小学館)を今月、上梓した。巻頭に73枚もの貴重な写真を載せた同書は、早くも一般読者はもとより、国会議員や霞が関の官僚たちの間でも、話題を呼んでいる。
そこで、東アジア問題を専門とする現代ビジネスコラムニストの近藤大介が、山本氏と緊急対談を行った。2時間にわたる対話から浮き彫りになった日本の国境の「穴」とは――。(撮影/木村圭司)

平和ボケした日本の中で

近藤: 山本さん、というより長年お世話になっている親しみを込めて、ヤマコーさんと呼ばせていただきます。久しぶりに事務所にお邪魔しましたが、ここはまるで「日本のウクライナ」ですね。

山本: それ、どういう意味!?

近藤: 日本は平和ボケしてますけど、ヤマコー事務所だけは「臨戦態勢」だということです。置かれた蔵書、飾られている写真、それにこのただならぬ雰囲気。ウクライナの塹壕に来たような、身の引き締まる気がします。

山本: 何せ半世紀以上、日本と世界の「現場」を渡り歩いてきたからね。もう来年は傘寿だよ。まさか自分より先に逝くことはないと思っていた安倍晋三さんも、7月に先に逝っちゃった。

実はこの新著には、晋三さんとの対談を巻末に入れる予定だったんだ。7月の参院選後に対談する約束だったんだけど、あんなことになってしまって……。

近藤: そうだったんですね。ヤマコーさんというと、国際フォトジャーナリストというイメージが強いけれど、日本の政治家も多数撮っていますよね。あの田中角栄元首相が唯一、密着取材を許したカメラマンでした。

山本: そう。角さんの遺影は、私が撮った写真が偶然使われた。政敵の福田派筆頭の安倍晋太郎さんの遺影も、実は私が撮った写真。晋太郎さんは、「ポスト中曽根」を争った1987年の「安竹宮」(安倍晋太郎・竹下登・宮澤喜一)の時に初めて密着取材して、親しくさせてもらった。

息子の晋三さんも、その頃、昭恵さんと華燭の典を挙げて、その結婚式の写真を撮ったのが初めての縁だった。以後、1993年に初当選してからも撮り続けた。

近藤: 長年、多くの政治家を撮ってきて、何か感じることはありますか?

 

山本: ファインダー越しに政治家の顔を覗いていて思うのは、大仕事をやってのける「本物の政治家」というのは皆、悪党の顔つきをしているということ。例えば、2006年に第一次安倍政権が誕生したけれど、当時の安倍首相は、貴公子然として甘すぎるマスクだった(笑)。もう少し打たれ強くなってからの方が……。と思ったら案の定、一年で退陣してしまった。

ところが、2012年末に復活して第二次政権を発足させると、まるっきりの悪党面に変わっていた。政治家が権力を持つと、野党やマスコミにゴリゴリやられ、そんな圧力の中で、決断し、実行するという思いっきりの覚悟と責任感ができると、その表情は劇的に変わる。彼の顔をファインダー越しに眺め、これは長期政権になるなという予感がしたね。

近藤: ファインダー越しにみた顔つきで政治家を判断するというのは、カメラマンならではの感性ですね。安倍晋三元首相を最後に撮ったのはいつですか?

山本: 昨年6月。国会議員会館地下の会議室を、写真スタジオのようにして撮った。その時、初当選時に撮った写真パネルを作り、を手に持ってもらったりしてね。先月25日に野田佳彦元首相が衆議院で行った追悼演説の際、昭恵夫人が持っていた遺影は、その時に撮った写真の一枚だった。

関連記事