2021年に世界自然遺産に登録され、豊かな自然だけでなく、長寿の島として食文化も注目される「奄美大島」。その奄美で知らない人はいないと言われるほど人気の郷土料理店「なつかしゃ家」は、2021年にアジアの豊かな食文化を伝えるレストランのリスト「エッセンス・オブ・アジア」にて、日本からの6店舗に選出されました。
そんな名店の女将・恵上イサ子さんも地元住民だけでなく観光客からも愛され、「あんまぁ(お母さん)」と呼ばれる有名人。恵上さんはもともと島の中学校の校長でしたが、定年退職後、「奄美独特の食文化を後世に伝えたい」「教え子たちが帰ってくるお店を開きたい」という夢を持ち、料理人へ転身。2012年に古民家を改築した「なつかしゃ家」をオープンしました。
その思いと島の食材を使った郷土料理は評判を呼び、今や名だたる著名人も多く訪れる人気店に。そんな恵上さんが、奄美の郷土料理のレシピや食文化を伝える『健康・美肌・長寿の島の贈り物 奄美ごはん』を上梓。今回、「奄美では豚のあらゆる部位を大切に食べている」と恵上さんが話すように、奄美に根づく豚肉を使った郷土料理を中心とした絶品レシピを本書より抜粋してお伝えします。
教員時代の出来事が今の信念に
「昭和47年から平成23年まで、中学校の教員として、加計呂麻島の初任校から自分の母校でもある赤木名中学校まで10校に勤めました。担当教科は家庭科と国語でしたが、小さな学校では美術や体育も教えることがありました。今の奄美はトンネルのおかげで行き来しやすくなりましたが、昔は集落が山々で遮られていました。そのおかげで、集落ごとに独自の食文化や知恵が残っているんじゃないかと思います。赴任先の土地土地のおいしいものを味わせてもらったのも、私の料理の基本になっています。
私の教員生活では、様々な環境で育った子どもたちに出会いました。家出をした男の子がいて、なんとか探して連れ帰って、ご飯とみそ汁と卵焼きだけの簡単な食事を作って食べさせてたんですね。するとその子は、食べながらぽろぽろと泣き出したということもありました。また、弟と二人で店のものを黙って取った子もいました。その中身は菓子パンや食べるものばかり。その兄弟がある施設に行くことになったとき、私は引き留めたくて「親元を離れることになるよ」と声をかけました。でもその子が言い残した言葉は「先生。僕たち兄弟は、三度の食事がとれたらどこでもいいんだ」というものでした。こういう子たちを生み出してはいけない。親が食事を作ったあげられないならば、自分で作って食べていけるようにしてあげたい。それこそが生きる力なのではないか。そのときの想いが、子どもたちに奄美の食や文化を伝えたいという信念になっています」

恵上イサ子(えがみ・いさこ)
奄美大島の郷土料理の店「なつかしゃ家」(住所:鹿児島県奄美市名瀬柳町11-26 電話:0997-57-1980/090-5292-6123 ※完全予約制)店主。中学校の校長を定年退職後、奄美の食文化を後世に伝えるべく、2012年に「なつかしゃ家」をオープン。一度訪れた人はイサ子さんに会いに行きたくてまた足を運ぶと言われ、いつでもおかえりと迎えてくれる奄美のあんまぁ(お母さん)。