2022.11.29

「体の血がサーっと…」、真珠湾攻撃の「唯一の生き残り」が語った「攻撃直前、死への覚悟」

太平洋戦争の戦端を開くことになった真珠湾攻撃。

攻撃に参加した隊員たちは、どのような思いで攻撃に臨んだのか。

【前編】「真珠湾攻撃のために「とんでもなく高度な訓練」が行われていたのをご存知ですか?」では、攻撃に参加した北原收三さんの日記を振り返ったが、ここでは、真珠湾攻撃に参加した隊員の「唯一の生き残り」である吉岡政光さんの証言をご紹介する(大島隆之『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』の刊行の時点)。

*本記事は、大島隆之『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

「死に場所」

この書籍が世に出る時点で唯一生き残っている隊員で、「蒼龍」の雷撃隊の一員だった吉岡政光さんも、103歳だった2021年に行ったインタビューのなかで、北原さんと同じような思いを語っていた。

【吉岡さん】

「最初一二月八日にハワイに行くよと言われて、ハッと思っているところに、『十年兵を養うはただ一日これを用いんがためなり』って、そういうことを言われたんです。それを聞いた時はですね、体の血がサーッと全部デッキに吸い取られたような感じですね。俺はもう死ぬんだなということでね。死に場所だなと。ということを思いましたね」

1918年1月に石川県能登半島の漁村に生まれた吉岡さんは、18歳で海軍に志願して水兵となり、その後偵察練習生に応募して採用された。一九三九年に蒼龍に配属された吉岡さんは、日中戦争での出撃経験もある中堅搭乗員だったが、その吉岡さんでも、死を意識した時には動揺を抑えることができなかった。