今も心に残る歌、心に残るシンガーとして筆頭に名前が挙がる伝説のロックシンガー尾崎豊さん。没後30年の今年、妻の繁美さんは、豊さんとの歩んだ日々、間近で見つめてきた豊さんの姿、自身の秘めてきた想いについて語ることを決意し、始まった連載『30年後に語ること』の第8回目。

前編では、逮捕後、「何があっても彼を支える」と覚悟を決めた繁美さんは、豊さんの埼玉・朝霞の実家で共に暮らしはじめます。不安定な生活の中、彼の才能と未来を信じて、ともに歩むことを決めた繁美さんは豊さんと婚約。当時、豊さん22歳、繁美さんは20歳になったばかりでした。

後編では、ついに結婚を決意するふたり。「喜び」と「覚悟」―30年経ったから今だからこそ感じる思いとともに繁美さんが振り返ります。

以下より、尾崎繁美さんのお話です。

 

結婚にひたすらまっしぐらだった豊

実際に結婚を決意したのは、朝霞の実家でテレビを観ている時でした。

豊は寂しがりやで独占欲が強くて、自分でも「やきもち焼き」を公言していました。この頃はとにかく疑い深く、やきもちがエスカレートし、私の行動を制限したり、豊のお母さんに私の見張り役を頼むことも多々ありました。近所のスーパーに買い物に行くだけで、「どこに行っていたんだ!」とおもむろに不機嫌になったりしました。

それは豊が幼い頃に経験した孤独や寂しさ、「尾崎豊」というだけですり寄ってくる人たち、それなのに面倒なときには彼から離れていく人たち、信頼していたのに裏切っていく人たち……。今となってみれば、そんな環境や状況が影響していたのだな、と理解できます。ですが、当時は「こんなにも心を通わせて一緒にいるのに、なんで豊はこんなにも私に執着し、疑うのだろう」と困惑していました。

とてもやきもち焼きで、繁美さんがスーパーに買い物に行くだけで不機嫌になることもあった豊さん。写真/尾崎繁美

ある晩、テレビを観ながらウィスキーのオンザロックをふたりで飲んでいるときに、あまりにも豊が嫉妬深いことをいうので、「じゃあ、結婚したらもうやきもちを焼かない?」と私は思わず彼に尋ねました。すると、豊は即座に「うん。絶対に焼かない。繁美が俺と結婚してくれるなら安心できるし、約束する。結婚しよう!!」と大はしゃぎで。「ふたりとも成人だし、印鑑さえ持って行けば結婚できる! 明日役所に行こう!」と豊は簡潔明瞭に言いはじめたのです。

でもそのとき、豊は酔っていたので、本気かどうかは半信半疑でした。ところが翌日目が覚めると、早朝から「俺の実印はどこにある?」と両親と大騒ぎしているんです。お母さんが「しまってあるわよ。でもどうするの?」と不思議そうに聞くと、彼は「今日、俺たち、結婚することにしたんだ」と平然といつもの口調で答えていました。

豊は、結婚は成人していれば、ふたりの気持ち次第だから、婚姻届けに印鑑を押せばいいと思っていたようです。入籍には実印だけでなく戸籍謄本も必要で、取り寄せるには一週間ほどかかると知ると、「それなら高山に行こう」と、その日のうちに高山に行くことが決まりました。本当に、こういうときの豊の行動力にはいつも驚かされてばかり。やると思ったら即やる、今やる……せっかちというよりも、やりたいと思ったらじっとしていられない、思考と行動がダイレクトにつながってしまうタイプでした。