今年になって映像業界をめぐるトピックでしばしば目にするようになった「インティマシー・コーディネーター」という言葉。映画やドラマで、性的な描写や激しい露出を伴う場面において、監督と俳優の間に調整役として入り、具体的な描写について合意を取り付ける専門スタッフのことです。11月4日に発表された「2022ユーキャン新語・流行語大賞」の候補にノミネートされたことでも話題となりました。
もともとは欧米での#MeToo運動の広がりを機に、2017年頃から導入されたまだ歴史の浅い職業。日本ではこれまでNetflixのオリジナル作品や邦画、ドラマなどでようやく採用され始めたばかりです。アメリカで専門の講習やトレーニングを受けた公式のインティマシー・コーディネーターは、現時点で浅田智穂さんと西山ももこさんの2人しかおらず、まだまだその仕事が正確に理解されているとは言えないのが現状です。
そんななか、10月期に放送中の話題のドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(関西テレビ・フジテレビ系)において、地上波のプライムタイムの連ドラとして初めてインティマシー・コーディネーターが導入されました。そこで、担当した浅田智穂さんと、彼女に依頼した番組プロデューサーの佐野亜裕美さんに、依頼の経緯や具体的な仕事内容、今後の課題などのお話を伺いました。
前編となる今回は、主に浅田さんに詳細な仕事の流れや、俳優やスタッフ、作品に対して果たす役割などについてお話しいただいています。

俳優とスタッフを守り、作品をより良くするのが仕事
――最近、“インティマシー・コーディネーター”という言葉はよく聞くのですが、「濡れ場を撮るときに女優を守る仕事でしょ?」といった雑な理解のほうがまだ多いと思います。改めて、どんなお仕事なのか教えていただけますか?
浅田智穂(以下、浅田) 一言で説明すると、映像制作において“インティマシー・シーン”と我々が呼んでいる性的な描写や激しい露出を伴うシーンにおいて、俳優の安全・安心を身体的にも精神的にも守りながら、監督が望む演出を最大限実現するための仕事です。
女優に限らず、すべての俳優が対象となります。一番近いのはアクション・コーディネーターかもしれません。監督が見せたいアクションシーンについて、殺陣や振付を考えながら、安全に撮影できるよう現場を作っていく。それと同じことをインティマシー・シーンについて行うわけです。
――浅田さんはそれまでエンタメ業界で通訳をされていたそうですが、2021年配信のNetflixオリジナル映画『彼女』でインティマシー・コーディネーターを導入したいと言われたのを機に、LAに本拠を置くIPA(Intimacy Professionals Association)という団体から講習とトレーニングを受けてインティマシー・コーディネーターになられたそうですね。当初と比べてお仕事の数や状況は変わりましたか?
浅田 私がこの仕事を始めて2年と数ヶ月になりますが、1年目は職業自体が知られていなかったので、Netflixからしか仕事が来ませんでした。そこから徐々に取材記事などのメディア露出が増えてきて、興味を持った邦画のプロデューサーが声をかけてくださるようになりました。まだ情報解禁されていないものも含め、私が携わった映画はすでに7本撮影を終えています。
――もうそんなに撮影されているんですね!
浅田 そういう作品は、そもそもプロデューサーの意識が高く、とてもやりやすい現場が多かったです。きちんと自分の役割を果たすことができたので、インティマシー・コーディネーターを導入する意味や役割、メリットについて、監督や撮影スタッフの方々に少しずつですが理解していただけているんじゃないかと思います。