脚本・演出に検閲やダメ出しをする仕事ではない
――監督によっては、本番でカメラを回したときのその場の流れや感情から生まれたものを撮りたいという方もいらっしゃると思います。今後は、基本的にそういう撮り方は許されなくなっていくということでしょうか。
浅田 実際、「そこまで決まってないよ」「回してみないとわからないよ」とおっしゃる監督もたくさんいらっしゃいますが、まったく決められないはずはないと私は思っているんですね。なので、こちらから質問をして、ここまでは見せたい、これ以上はしなくていい、といった監督の想定している範囲や線引きをなんとか聞き出すようにしています。
――誤解されがちだと思うのですが、インティマシー・コーディネーターは脚本や演出に対して検閲やダメ出しをするわけではないんですよね?
浅田 はい、そこは強調しておきたいです。インティマシー・コーディネーターが作品のクリエイティビティを制限することは決してありません。逆に、表現の幅を広げるお手伝いをさせていただく仕事だと思ってほしいです。まずはプロデューサーと監督が作りたい作品ありきで、私はあくまでもそれを実現するためのスタッフの一人なんです。
たとえその作品に出てくるインティマシー・シーンが、私個人の倫理観や道徳を超えた激しいものだったとしても、それに対して「こういうシーンを撮るべきではない」とか、「これはいやらしすぎるのでダメです」などと言うことはありません。監督やプロデューサーがやりたくて、俳優がそれに納得していると確認できれば、それをいかに安心・安全に実現するかが私の仕事ですから。
――例えば、性暴力を肯定しているように見えてしまうシーンがあった場合も、そこに異議を唱えるのはインティマシー・コーディネーターの仕事の範囲ではない、ということですか?
浅田 そこは難しいところで、作品として性暴力を肯定しているのか、それとも登場人物の一人が肯定しているキャラクターなのかにもよりますが、もしも脚本段階で明らかに社会的に間違ったメッセージを送ってしまうのではないかと危惧する部分があったら、私はプロデューサーに相談すると思います。私の知識だけでは対応が難しい内容の場合は、必要に応じて、専門の監修を入れてもらったこともあります。
――あるいは、撮影当日になって監督が演出を変更して、当初よりも激しいシーンになってしまう、というようなことはないのでしょうか?
浅田 基本的に、現場ではインティマシー・コーディネーターの仲介なしに、事前に聞いていたこと以上の大きな変更はできない、ということを納得していただいています。当日の急な演出変更がどれだけ俳優の負担になるかを理解してもらい、私が作品に入るということは、そういうことはできないというのを監督やプロデューサーに啓蒙することも、私の大事な役目なんです。
ただ、もちろん皆さんが一丸となっていい作品を作ろうとしている前提があるので、ある程度の変更には臨機応変に対応します。どうすれば俳優の負担にならないように、監督の希望に近づけられるか、できる限りのアイディアやテクニックをアドバイスします。
※続く後編「『エルピス』プロデューサーがインティマシー・コーディネーターを導入してわかった日本のドラマ制作の課題」では、主に佐野プロデューサーに依頼の理由や、導入したメリット、日本のドラマ制作が抱える課題などについてお話しいただきます。