今年になって映像業界をめぐるトピックでしばしば目にするようになった「インティマシー・コーディネーター」という言葉。映画やドラマで、性的な描写や激しい露出を伴う場面において、監督と俳優の間に調整役として入り、具体的な描写について合意を取り付ける専門スタッフのことです。

アメリカで専門の講習やトレーニングを受けた公式のインティマシー・コーディネーターは、現時点で日本に浅田智穂さんと西山ももこさんの2人だけ。そんななか、10月期に放送中のドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(関西テレビ・フジテレビ系)において、地上波のプライムタイムの連ドラとして初めてインティマシー・コーディネーターが導入されました。そこで、担当した浅田智穂さんと、彼女に依頼した番組プロデューサーの佐野亜裕美さんに、依頼の経緯や具体的な仕事内容、今後の課題などのお話を伺いました。

後編となる今回は、主に佐野プロデューサーに依頼の理由や、導入したメリット、日本のドラマ制作が抱える課題などについてお話しいただいています。

左から、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんと番組プロデューサーの佐野亜裕美さん

現場の慣習や経験則でなんとかするのは「怖い」と思った

――そもそも、佐野さんが今回『エルピス』でインティマシー・コーディネーターを導入しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

佐野亜裕美(以下、佐野) これまで私はインティマシー・シーン(性的な描写や激しい露出を伴う場面)があるようなドラマをプロデューサーとしてほとんど手がけてこなかったんです。『カルテット』(2017年・TBS系)や、『この世界の片隅に』(2018年・TBS系)のときにキスシーンがあったくらい。今回、『エルピス』で初めて台本の中に、いわゆるベッドシーンが明確に書かれていて。そういうシーンを撮ったことがなかったので、単純に怖かったんですよね。

 

――「怖い」というのは?

佐野 例えばベッドシーンを撮るためにどういう準備が必要で、現場ではどのタイミングでどういう格好になってもらったらいいのか、みたいなことがまったくわからなくて。前編でもお話ししたように、これまでそういう場面は現場の慣習やスタッフの経験則でケアしていたのが現状なんですよ。

だけど、今年になって映像業界でさまざまな性加害が明るみになりましたよね。それを見過ごしてきたこれまでの慣習に問題があるはずなのに、結局その慣習に頼らざるを得ないのはまずいんじゃないか、と感じていて。そんなとき、ちょうどNetflixの作品にインティマシー・コーディネーターが導入されるという記事を読んで、浅田さんのことも知りました。これは自分の勉強も兼ねてきちんとプロにお願いしたいと思ったんです。

――導入するにあたっては、他の方にも相談しましたか?

佐野 すでに出演が決まっていた長澤まさみさんに「こういう方にお願いしたいと思っているのですが、いかがですか?」と相談したら、ぜひお願いしたい、ということになりました。その後、相手役となる鈴木亮平さんにもお聞きして導入を決めたのですが、今思えば相談する順番もそれでよかったのかな、と反省するところがあって。

――それはどういうことですか?

佐野 つい女優側に先に聞いてしまいましたが、仮にそこで長澤さんが「私は入れなくても大丈夫です」と言っていたら、果たして自分は亮平さんに相談していただろうか、と思って。本当は亮平さんは入れてほしいと思っていたのに……みたいなことも起こり得た。センシティブなシーンにケアが欲しいと思っているのは女優だけ、という自分の中のジェンダーバイアスに気づかされました。