――それは、インティマシー・シーンに限らず?
佐野 はい。本当は、そうやって台本について事前にディスカッションする作業を、すべてのシーンでやるべきだと思いました。ただ、現場にそのための時間がないし、それだけのお金もないのが現状です。制作の現場では、そういった時間はお金から生まれるものなので。だから、せめてインティマシー・シーンだけでもそれができたことが、私の中ではすごく意義深かったですね。
実際、俳優からもスタッフからも、「他のシーンもこうやって事前に話したいよね」という声が上がりました。そういう意味では、浅田さんに入ってもらったことで、映像業界全体が変わっていかなきゃいけない、という空気を目に見える形でみんなに共有できた。インティマシー・シーンそのものももちろんですが、そういう意義も大きかった気がします。
俳優を守るルール自体がない日本の労働環境
――浅田さんは、これまで日本でインティマシー・コーディネーターとして活動されてきて、アメリカとは勝手が違って困った点や、日本の慣習とそぐわなくて難しいなと思った点はありますか?
浅田 私がインティマシー・コーディネーターの講習とトレーニングを受けたアメリカには、SAG-AFTRA(全米映画俳優組合)という大きな労働組合があって、「インティマシー・シーンにおいては同意書を書かなければいけない」などのさまざまなルールを設けているんですね。インティマシー・コーディネーターはそのルールを後ろ盾にして「これを守ってください」と言えばいいので、とてもやりやすいんです。ところが、日本にはまずそういうルール自体がまったくありません。
――守るべき基準を示そうにも、その基準がないんですね。
浅田 ですから、私の場合は依頼を受けたらまず最初に“3つのガイドライン”というものをプロデューサーに提示するようにしています。
まず一つ目は、インティマシー・シーンに関しては必ず事前に俳優部に説明して同意を得て、強制・強要をしないこと。二つ目は、性器が露わになることがないように必ず前張りをつけること。それから三つ目は、クローズドセットと呼ばれる最少人数の撮影体制で行うこと。
この3つを遵守してくださる意志のある方とだけ、お仕事させていただくことにしているんです。でも、あくまでこれは私とプロデューサーの間の口約束。もちろん法的拘束力はないので、もし破っても何のペナルティも課せられないんですよ。