福田萌さんは、現在、9歳の女の子と5歳の男の子を育てています。夫はオリエンタルラジオの中田敦彦さん。現在はシンガポールに拠点を移し、連載では日々の様子や子どもたちの学校生活の様子を綴っています。

今回は、日本からシンガポールに届いた福田さんのお祖母様の訃報について。いつかくるとは覚悟していたものの、実際にその日がきたとき福田さんはどうしたのか。お祖母様への思いを、写真とともに綴っていただきました。

頭が真っ白になった訃報

とある日の朝、母から連絡があった。

「ばあちゃんが今朝亡くなりました」

ばあちゃんとは私の祖母、母にとっての母のこと。祖母がずっと体調が思わしくなく、施設と病院を行ったり来たりするようになってから数年。いつかその連絡が来るはずと覚悟を決めていたとはいえ、頭の中が真っ白になった。

祖母と私。写真/著者提供
 

「私、今日の夜の飛行機に乗って明日そっちにいくね」

「ありがたいけど、無理しないで」という返信を送ってきた母だったが、自分の心に問いかけた。一番後悔しない方法はなんだろう。私の中ですぐ答えが出た。「ちゃんと祖母をこの目で見送りたい」そうしないと、祖母との別れを実感できないまま、この先、生きていくことになってしまうのでは。それは嫌だ、と思ったのだ。

父を早くに亡くし、肉親を見送ってばかりの母のことも気になった。長女の私が海外に行って心細く思っていることだろう。だから、せめてできうる限りすぐに駆けつけて、私はいつでも駆けつけられる、遠くない距離にいることを母に感じて欲しかった。