2022.12.12

美食家サヴァランが生きた時代に市井の人びとは何を食べ何を飲んだ?

大作が浮き彫りにする普通の人びとの生活
1755年、フランスで生まれたブリヤ=サヴァランは、
法律家・政治家として活動する一方、並はずれた美食批評家でもあった。
約200年前にサヴァランが書いた『味覚の生理学』は、
食というものについての総合学の聖典として長らく愛されている。
本書は、辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)を開校し、
日本の料理文化を大きく展開させた辻静雄が、
サヴァランの思考をたどり料理の精髄を縦横無尽に語り尽くした一冊だ。
サヴァランが生きた時代は、果たしてどういった時代だったのか?
そして普通の暮らしをおくる市井の人びとは、何を食べ、何を飲んでいたのか?
セオドア・ゼルディンとスティーヴン・メンネルという
二人の学者が書いた二冊を紹介しながらその時代背景を探っていく!

(※本稿は、辻静雄『ブリヤ=サヴァラン「美味礼賛」を読む』を一部再編集の上、紹介しています)

サヴァランが生きた時代とは?

ブリヤ=サヴァランはある程度おいしいものが食べられる境遇の人だったということはこのような本を書こうとして書いたという事実から考えても間違いないところです。

革命の騒乱の中で、亡命している間に財産を没収されるというようなこともありましたけれども、高級官僚としての収入もあったでしょうから、それ相応の贅沢はできた。

郷里でぶどう畑なんかを買い取って、夏休みはそこで過ごすのを楽しみにしていたようです。

ブリヤ=サヴァランはある程度おいしいものが食べられる境遇の人だ、といってもですね、それじゃ食べられなかった人たちがどういうものを食べていたのか、ブリヤ=サヴァランの時代というのはどういう時代だったのか、ということを知らないと、ブリヤ=サヴァランがどこらへんで自慢して、どこらへんで普通の話をしているかわからない。

そういうことを踏まえた上で、この『味覚の生理学』を読めば、彼がこの本でどういうことを言おうとしているのかということが、よりよくおわかりいただけるのではないかと思います。

最初にご紹介しておきたいのは、セオドア・ゼルディンという歴史学者の『フランス──一八四八年から一九四五年まで』という二冊本の著作。

ゼルディンには同じような題名で『フランス人』というのもありまして、邦訳も出ているようですが、私がここでとりあげる方は、これとは比較にならないぐらい浩瀚なものです。

オクスフォードの「現代ヨーロッパ歴史叢書」に収まっています。

この人は、オクスフォード大学にセント=アントニーズというカレッジがありまして、そこの主任研究員です。

これは朝日新聞に『遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄』を書いておられる萩原延寿さんからうかがった話ですけれども、萩原さんがオクスフォードにいらしたとき、このカレッジの同僚だったそうで、朝会っても挨拶もしない、おはようも言わない、破れたシャツを平気でひっかけたりしてダンス・パーティに出てくるとか、すごい変り者だそうです。

この人が一八年をかけた研究成果を全部で二〇〇〇ページぐらいある大著にまとめた。一九七三年に発行されています。

私はフランス料理を研究するというか、つくっている人間ですから、フランス料理が商売なわけですけれども、あんまりフランス人がフランス料理を自慢するので鼻持ちならない目にあうことがある。

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