あの交差点で右折するはずがない
証言を覆すため目撃者や防犯カメラにたどりつき、Wを過失運転致死の容疑で逮捕するまでには、警察の怠慢によりかなりの時間を要した。そればかりか、その間、社会の敵意はWではなく、勝美の遺族に向けられ続け、最後は司法の悪しき判例の犠牲者にすらなったのである。
事故が多発する交差点で急に右折するはずはない静岡県三島駅。新幹線の駅から車で
10分ほど走った場所に、遺族が暮らす集合住宅はあった。
家の中に招いてくれた知枝。部屋には年季の入った家具が並ぶなど、家族が生きてきた面影が宿る。彼女は勝美とふたり、いまも遺骨を仏間に留め置くこの家で4人の子供を育ててきた。

「夫が事故に巻き込まれた萩の交差点。ここ、どんな場所だか知ってますか?」
彼女が問いかけた意味は、現場を一度見ただけの僕ですら理解していた。誰もがスピードを出す見通しのよい一本道である。僕が頷くと、自分に言い聞かせるかのように彼女は言った。夫は長年通い続けている。だから誰よりも道を知っていたし、注意もしていた。事故が多発する交差点で急に右折するはずはないんです──。
「ほんと、曲がったことが大嫌いでしたから」
彼女の証言に沿って事故当日を振り返る。
18時過ぎ。仕事を終えた勝美は、乗り慣れたスクーターに跨またがり帰途につく。職場を出る直前には、知枝に〈帰るね!〉とLINEでメッセージを送っていた。勝美は、この妻への連絡を、結婚してから28年間、一度も欠かしたことがない。