警察官の説明に納得できない
フロントのボディカウルは大きくひしゃげ、後方のタンクも半分ほど破損。スクーターは見る影もなくなっていた。さらに勝美は事故の衝撃で10メートルも吹き飛ばされ、救急車で搬送されたと知り、最悪の結末が頭をよぎる。知枝と杏梨は勝美の無事だけを祈り、急いで病院に向かった。
だが、願いは叶わず、ほぼ即死の事実が検視中の医師から告げられた。まだ冷たくなり切ってもいない遺体は、全身傷だらけのうえ、苦悶の表情を浮かべていた。つらさが声になるとは限らない。ただただ茫然と立ち尽くすなか、涙だけが溢れ出た。
同時に、なぜ勝美が交通事故に巻き込まれなくてはいけないのかが理解できなかった。前述したとおり、彼が過剰なまでに安全運転を心がけていることを家族の誰もが知っていたからだ。家族の胸の内のモヤモヤが晴れないなか、三島署交通課の警察官は大袈裟なジェスチャーを加え、事故について次のように説明した。
「双方青信号でした。そこで、お父さんが急な右折をしたのが事故の原因です」
つまりは勝美の交通違反。原付は本来、二段階右折が義務付けられていることを指摘された。
これに対し、杏梨は疑問を覚える。
「交差点を右折したとなると、父がいつも使う経路と帰宅ルートが違う。それに、そもそも原付で右折できるような場所じゃない。だから、交差点を右折したとの説明について、その場にいた家族はもちろん、父の職場の人たちも、そんなはずないって同調してくれました」