被害者が浮かばれない法律
通常、交通事故で過失運転致死罪に問われたケースでは、仮に有罪でも被害者がひとりであれば、判例によりほぼ100%の確率で執行猶予がつく。弁護士から収監されることはないことを知った加害者家族はたかを括り、結果として件の発言に至ったとしても何ら不思議はない。
さらには、民事裁判で損害賠償を求められたとしても、保険に入ってさえいれば金は保険会社が支払うことになる。いずれにしろ実害が及ばないことがわかれば、無罪を主張する妻・母を後押ししたい。得た知識は、そのまま欺瞞になる。
「そんなのおかしいですよね」(杏梨)
遺族は、SNSでの発言などを知り、加害者が実刑になり刑務所で反省することを強く願うようになった。弁護士を探し、同時に署名活動も始めた。すぐに交通事故に強いと評判の弁護士が見つかった。が、その弁護士の考えは遺族と異なっていた。過失運転致死で被害者はひとり。
ならば実刑なんて無理ですよ。署名もどんなに集まっても意味ないですよ。それより1円でも多く保険会社から慰謝料を取りましょう――遺族の手前、口には出さないまでも弁護士は目で訴えてきた。
果たして着手金300万円の返金はあきらめ、泣く泣く件の弁護士を解任。そこへ、力強い援軍が登場する。犯罪被害者支援を長年続け、こと交通事故問題では数々の判例を覆してきた高橋正人弁護士。彼が口にした言葉を僕は忘れられない。
「間違った法律や判例があるのであれば、それは変えていかなくてはいけない。あきらめたら、いままで涙を呑んできた被害者も浮かばれないし、これから現れる被害者も涙を呑むことになる」