2022.12.05

安倍追悼演説で野田がダメダメだった理由を、改めて明かそう《田中康夫・浅田彰》

「憂国呆談」第5回 Part1
田中・浅田の「憂国呆談」、今月は安倍晋三氏の追悼演説のトピックから始まります。日本の野党はどこへ行ったのか? なぜこうなったのか。縦横無尽に森羅万象を語り尽くします。

あの醜態のどこが「真剣勝負」か

田中 民主党代表として第95代内閣総理大臣を務めた立憲民主党最高顧問の野田佳彦が10月25日の衆議院本会議で、凶弾に倒れた安倍晋三追悼演説を行った。忌憚なき「評価」を行う前に一応、解説を加えると、物故者となった現職国会議員に対して、衆議院では追悼演説、参議院では哀悼演説を行うのが習わしで、最近では食道がんで亡くなった竹下亘(わたる)の場合、当選同期の小渕優子が2021年12月9日に行っている。

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印象深いのは、僕が参議院議員だった2008年1月23日、参議院議長を現在務める自由民主党の尾辻秀久が読み上げた山本孝史への哀悼演説だ。

胸腺がんで亡くなった関西出身の山本は、交通遺児育英会の事務局長から日本新党、新進党を経て民主党の参議院議員だった。自宅前でトラックにひかれて亡くなった山本の兄の亡骸を母親が必死にさすっていた逸話を紹介した尾辻は、年金や介護保険、医療といった分野での論戦を振り返り、「先生、今日は外は雪です。随分やせておられましたから、寒くありませんか。先生と、自殺対策推進法の推進の二文字を、自殺推進と読まれると困るから消してしまおうと話し合った日のことを懐かしく想い出しております」最後に述べた。議場が静まりかえり、幾人も嗚咽を漏らしていた。

それに比べて、今回の野田の演説は……。

浅田 前に国会で反対党の議員が追悼演説をする伝統は悪くないって言ったけど、野田の追悼演説は噴飯ものだった。

「再びこの議場で、あなたと、言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合い、火花散るような真剣勝負を戦いたかった」とか言って自分で感動してたけど、安倍との最後の党首討論では一方的に押しまくられて衆議院解散・総選挙に追い込まれ、結果、安倍自民党に政権を譲り渡しただけ。あの醜態のどこが「言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合う真剣勝負」なの?

Photo by Shinya Nishizaki

田中 批評家の佐藤清文が、「二流の太鼓持ち=野だいこ」がウナギをご馳走になろうとして逆に食い逃げされてしまう古典落語『鰻(うなぎ)の幇間(たいこ)』みたいな存在が野田だと看破していた(参考:『鰻の幇間』あらすじ)。

「あなたとなら、国を背負った経験を持つ者同士、天下国家のありようを腹蔵なく論じ合っていけるのではないか。立場の違いを乗り越え、どこかに一致点を見いだせるのではないか」と胸を張っていたけど、泉下で安倍は微苦笑していると思うよ。通算在職日数3188日。延べ196か国・地域を訪れ、1187回の首脳会談を行った自分と「同列」に扱う追悼演説って、若しかして野だいこさんの自慢話ですかって(苦笑)。

なのに、「野党共闘」応援団長を任じていた法政大学の山口二郎は「野田さんの追悼演説は、今後の政治勢力の再編の分水嶺になると感じている」と翼賛体制を手放しで礼賛するツイートをして呆れられると、「それを無視、あるいは曲解し、野田さんに悪罵を浴びせる識者、市民もいる。そういう市民も含めて野党共闘の体制を作れと言われれば、私にはそんな芸当はできない。どうぞご自由にと言うしかない。これからの野党の基盤について、白紙から議論しなおす必要を感じる」自縛・自爆した

今のままでは野党は永遠に政権をとれないから、自民党ともくっつきましょうって話をしてるわけ。お払い箱は山口、お前さんだよ。

 

「国葬儀」で献花すべく長蛇の列に並んだ立憲民主党所属の衆議院議員・米山隆一のパートナー室井佑月も「週刊朝日」で「追悼演説はとても素晴らしかった」と礼賛

「『勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん』という言葉に、微(かす)かに勝てる兆しが見えた気がした。野党というか、野田さんはまだ諦めていない。野党を応援しているあたしも、『よっしゃまだまだこれから』という気分になった。一部、野党の偉い人が、野田さんの演説に対し『とても男性のホモソーシャル的な演説だと思った』といっていたが、足を引っ張るのはやめていただきたい」との文章には絶句したよ。

嘗てのパートナー高橋源一郎の感想を聞いてみたい。どういう思考回路なんだろねと(苦笑)。

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