湊かなえさんのベストセラー小説を映画化した映画『母性』が話題となっている。戸田恵梨香さんが「娘を愛せない母」を演じ、永野芽衣さんが「母親に愛されたい娘」を演じている。

母親に愛されたいと願いながら母の呪縛に苦しんでいたのが、若林奈緒音さん(仮名・40代)。彼女は幼少期から母親の暴力や過干渉・暴言に苦しんできた。

小学生の頃は、母親が自分がなりたかったバレーボール選手にさせるために骨折してもコートに立たされた。家事を放棄した母の代わりに中学生の頃から3人きょうだいの真ん中の奈緒音さんだけが家の家事を強いられた。男女交際はとんでもないと言い、高校生のときに奈緒音さんが彼と一緒に学校から帰っているのを観られた時には、ジャムの瓶が入った袋で顔を殴りつけられ、大人になって調べると顔面が歪んでいた。

そんな苦境から脱出しようと、奈緒音さんは高校生のときからアルバイトで少しずつお金を貯め、学校の中でも最速でアパレル会社への就職の内定を取り、18歳になった途端に車の免許も取得。ひとり暮らしの手はずを整え、高校卒業を前に実家を出ることに成功した。

ただ、その後も母の呪縛から完全に逃れることはできなかった。お金の無心、性暴力を受けた時の暴言……そして、すがるように20歳になるころに恋人との結婚を決めた。ゴミ屋敷のようになっている実家に呼ぶことはできないと、両家の対面は、奈緒音さんの成人式のあとの食事会。しかしそこでも暴言を吐く奈緒音さんの母親に、「いい人たち」である恋人の両親はその時の母の対応への違和感を口にした。

奈緒音さんがいまは数回の結婚を経てようやく「自分は自分のままでいいんだ」と理解できるようになり、自分と同じように苦しむ人を出したくないと、その体験を率直に綴っている連載「母の呪縛」。13回は、母に愛されたくても愛されず、人との距離をどのように取ればいいのかわからなくなっていた奈緒音さんが、20歳で結婚を決めてからの感じた「暗雲」についてお届けする。

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とりあえず一緒に暮らさないか

婚約した彼には、出会った時から少しずつ、私自身や家のこと、母との関係を話していた。19歳のとき、腹膜炎で緊急入院になったり痴漢に遭ってショック状態の中、警察署で母から「この子が悪いんです」と言われてさらに衝撃を受けたり、愛犬が交通事故に遭ったりと、心労が重なることが立て続いた。年上の彼が優しく受け入れてくれた。これだけ優しく私を大切にしてくれる人が結婚しようといっている、それはしたら絶対幸せになるはず。そう思いながら、心の底では何とも言えない不安もあった。口でどれだけ理解する、大丈夫と言っても、本当にどこまで理解してもらえるのかわからなかった。自分自身がどれだけ傷ついているのか、どれだけ闇を抱えているのかわからなかったからだ。さらに、彼からも様々な話を聞いたが、彼が持つコンプレックスや悩みが、自分の歩んできた人生と比べると、大した悩みではないように思ってしまった。これが私の間違いだったのかもしれない。

成人式の日に両家の顔合わせを済ませ、両親と別れた後、今後どのように進めていこうか?結婚式はいつにし、入籍はいつにしようか?どこに暮らし、どんな未来にしようか?と、決めなくてはいけないことがたくさんあった。ご両親は新卒からずっと同じ会社に勤め、出会い、結婚し、社宅に暮らしていた。2人の息子を立派に育て上げ独立させている。さらに、社宅から少し離れた場所に定年後に暮らす一軒家を購入していた。とてもきちんとしていて、計画性のある理想的な家庭だった。彼が、その一軒家でとりあえず二人で一緒に暮らさないか?お金を貯められるしと提案してくれた。一人にしておくのも心配だからと。

彼はご両親と仲がよく、ご両親も夫婦仲のいい「理想的な家庭」だった Photo by iStock