2022.12.20

「講談社文芸文庫」は、なぜ「文庫なのに高価」なのか? その装幀に隠された「秘密」と「思想」

生涯に1万5000点以上の本の装幀を担当し、数々のベストセラーを生み出した装幀界のトップランナー、菊地信義。

今年3月に逝去した菊地が、35年にわたるライフワークとして手掛けたのが、講談社文芸文庫の装幀だ。

その集大成となる作品集『装幀百花 菊地信義のデザイン』が12月に刊行された。

多くの読者を魅了した菊地のデザインの「秘密」とその「思想」を、菊地に師事したデザイナー・水戸部功が読み解く。

(本記事は「群像」2023年1月号への寄稿を編集したものです)。

「文庫」という理想

グーテンベルクによる活版印刷の歴史が始まって以来、日本独自の出版形態として発展を遂げた「文庫」は、出版の理想の形といえる。活版印刷の発明が目指したのは、詰まるところ、言葉の複製だ。聖書を始めとするテキストを広く一般に普及させるには、それまでの、手で書き写すか木版かという方法では時間もコストもかかりすぎるため、効率的な複製技術が必須だった。

活字による活版印刷の登場で初めて、テキストの万単位の複製が可能となり、本は、一部の階級だけが手にできるものではなくなり、一般大衆にも行き渡っていった。グーテンベルクは、今のような、誰もが安価で本を手に入れることができる未来を夢見ていたに違いない。

その、誰もが安価で手に入れることができる本の最もミニマムな形態が、日本における「文庫」という形だ。海外ではペーパーバックと言われるものがそれにあたるが、カバーも付かず、本文紙はラフな再生紙のいかにもチープな仕様。これはこれでまた良いものだが、日本の「文庫」は、コストを下げる方向とは別のベクトルにも発展し、通常の単行本と同じようにカバーをかけ、そのカバーにはタイトルごとに別のデザイナーが意匠を凝らすのが通例となった。

とはいえ、資材はコート紙にプロセス4色で、同時に刊行される他のタイトルと付け合わせで印刷できるようにするなど、定価を抑えるため、徹底的に合理化された。