70%切除しても再生する肝臓の驚異
細胞分裂のリズムを解析するために私たちが使ったのは、肝臓です。肝臓は、小腸で吸収された糖類をグリコーゲンという物質として貯蔵したり、アルコールを分解したりする臓器として知られています。つまり、全身の代謝や解毒の中心的な臓器です。その一方で、私たちが注目したのは、驚異的な再生能力です。
多くの臓器は、一部が失われると傷ついたままで修復できません。しかし肝臓は、その70%を切除しても自然に再生できるという驚異の再生能力を持った、人体の中でほぼ唯一の臓器です。

再生するとはリズムがあるということ
話を戻して、なぜ私たちが肝臓の再生能力に注目したかというと、「再生する」ということは「細胞分裂が起きている」こととみなすことができるからです。

肝臓を切除すると、元の大きさと形、そして細胞数に戻ろうとして細胞が分裂を始めます。細胞分裂を始める時間帯を調べることで、生体リズムとの関係を明らかにできるのではないか、と考えたのです。
もちろんヒトで試すわけにはいかないので、やはりここでも私たちが常日頃お世話になっているマウスで実験することにしました。その結果、時計遺伝子と細胞分裂の関係がかなりわかってきました。
時計遺伝子の有無が、再生能力に影響する
実験は、肝臓の切除を行ったマウスで、肝臓の再生に時間との関係が認められるか、調べてみました。すると、「マウスの肝臓の再生では細胞分裂は朝に起きる」ということが分かったのです。同様の実験を、次に時計遺伝子をなくしたマウスでも行ったところ、再生が遅れることがわかりました。
さらに、実験を進めると興味深いことが分かってきました。
時計遺伝子のリズム形成の主役を成す遺伝子にPer(Per[
睡眠リズムが完全になくなっているので、このマウスは「好きなときに起きて好きなときに寝る」みたいな生活をします。体に悪そうな生活ですが、これが意外とピンピンしていて、大切に育てれば通常のマウスとほぼ同じくらい長生きします。特に何か目立った病気になるということもありません。
それでも隅々まで調べれば何か異常があるだろうと考え、全身をくまなく調べました。私たちは脳、肺、心臓、腎臓、腸、皮膚など、いろいろな組織の切片を作り、細胞に異常がないか観察しました。
ほとんどの組織で異常はなかったのですが、肝臓だけに特徴的な異変を発見しました。核が2つある細胞が多く見つかったのです。
詳しく調べてみると、細胞分裂の最後で2つに分かれるかと思いきや、ほんのわずかに細くつながったままの状態が続き、そしてだんだん細いつなぎ目が太く膨らみ、1つの細胞の中に核が2つ含まれた状態になっていたのです。

これは、細胞分裂に関与するタンパク質が24時間リズムで活性化し、働いていたのですが、この時計遺伝子完全欠如マウスでは、このタンパク質があるもののまったく活性化していなかったためだったのです。
この一連の実験については、『時計遺伝子――からだの中の「時間」の正体』で詳しく述べましたので、ご興味がある方は、ぜひご一読いただきたいと思います。
さて、この時計遺伝子が完全に働かないマウスですが、少し気になる解析結果もあります。ほんのわずかではありますが、がんを発症しやすい傾向のあるマウスがいたのです。時計遺伝子は、がん発症と関係があるのでしょうか? 続いては、気になる体内時計のリズムとがん発症の関係について、見てみましょう。