キャビンアテンダントはがんの発症率が高い
時計遺伝子はDNAが損傷したときに修復するタンパク質の制御に関わっている、異常な細胞が死ぬように誘導することに関わっている、という研究成果もあります。ヒトではどうでしょうか。統計学的なデータから、変則的な勤務スタイルをとる職業と乳がんの発症リスクが相関するという報告があります。
たとえば、国際線の飛行機で勤務する乗務員は、発着する国による時差の影響を受けます。ノルウェーのキャビンアテンダント(女性)を追跡調査した結果によると、乳がんの発症率が平均より高かったとのことです。
ただ飛行中は、宇宙からの放射線を浴びる量が地上よりもわずかながら多いので、放射線による可能性を完全に取り除くことは困難です。
ところが、アメリカとデンマークの病院で勤務する看護師(女性)の追跡調査でも、乳がんの発症リスクが高いという結果が得られています。

看護師は夜間勤務といったシフト制になっており、生体リズムの変化が乳がんの発症に関わる可能性があることを示しています。日本でも男性の前立腺がんについて調査されており、勤務時間が決まっている人たちよりも、日勤と夜勤が入り交じる人たちのほうが前立腺がんリスクが高いと報告されています。
全盲の人は、なぜがんのリスクが低いのか
生体リズムとがんの関係については、まだわからないことが多く、生体リズムが直接がんと関係しているのか、それとも生体リズムが乱れることで食事や運動などの生活習慣が変わり、それによってがんリスクが上がっているのか、はっきりと区別することは簡単ではありません。
たとえば、次のような驚くべきデータもあります。光が全く見えない全盲の人では、がんリスクが低いというのです。これは、光情報がないと生体リズムが乱れないからではないかという考察があります。また、発症リスクだけでなく、がんの発症後においても、生体リズムが乱れているがん患者では生存率が低いという結果もあります。
しかし、時計遺伝子が細胞周期に関わっていることはこの章でお話ししたように明確であり、がんは細胞分裂の異常の病気と考えると、時計遺伝子の観点からがんの未知の性質を解明できる可能性はあると思います。
がんの性質がわかれば、その性質を利用した新しい薬や治療方法の開発につながるかもしれません。ショウジョウバエやマウスを使った時計遺伝子の研究から、がんに対する新たなアプローチにつながるのだとすれば、それもまた基礎研究の醍醐味であるといえます。
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からだのリズムとがんの関係は、まだ解明されていないことも多くあります。しかし、想像しているよりも遥かに多くのことが、すでに科学的に判明していることも事実です。
1日の生活リズムという、誰しもに身近な問題について知識を得ることで、より健康的な生活を送る参考にしてほしいと思います。

著:岡村 均
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