2023.03.22

パプアニューギニアの「ウィッチドクター」が教えてくれた「死」の自然な受け入れ方

だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。

私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。

望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。

*本記事は、久坂部羊『人はどう死ぬのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
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呪術医が知る死に時

医療が十分に行き渡っていないパプアニューギニアの地方では、ウィッチドクターと呼ばれる呪術医が現場の医療を担っていました。

ウィッチドクターの治療は、まずその病気がブラックマジックによるものかどうかを見分けることからはじまります。ブラックマジックは広く信じられていて、人を呪い殺したり、病気にさせたり、あるいは惚れさせたりもしていました。

そんなことを言うと、やはり後進国だと思うかもしれませんが、だれかが破傷風になったとき、原因が破傷風菌であることを知らずに、ブラックマジックだと決めつけるなら無知だとも言えるでしょう。しかし、彼らは破傷風菌の存在を知った上で、そう言うのです。すなわち、破傷風菌のいるような場所に相手を行かせ、そこで怪我をさせるように仕向けたのがブラックマジックだというわけです。

我々だって得体の知れない何かに操られているかのように、行動することもあるでしょう。フロイトはそれを無意識だと言い、ドーキンスは利己的遺伝子だと言い、多くの人は単に“偶然”と呼んでいるだけではないでしょうか。

私は呪術医療に興味があったので、地方で活動する海外青年協力隊の隊員に頼んで、ウィッチドクターの治療を見学させてもらいました。

患者は打撲による肘の痛みがずっと取れない青年で、奥地の村にいるナンバーワン・ドクター(最高の名医)の治療を受けることになりました。ウィッチドクターにはいろいろな流派(?)があり、ニワトリの血で占ったり、火で診断したりするらしいですが、そのドクターは水に診断をねる方法でした。

禿頭に白髪髭で、色の皮膚に深い皺が刻まれたドクターは、青年の肘を診察したあと、先祖伝来というセッケンほどの木片を取り出し、その上にカップに入れた水を載せ、手振りを加えて水と対話していました。

幸い、痛みの原因はブラックマジックによるものではなく、悪い血が溜まっているせいだから、それを吸い出せばよいとの診断でした。ドクターは青年の肘に口を当て、ムムムーッと強烈に皮膚を吸うと、「ペッ」と赤い液体を吐き出しました。

周囲に集まっていた村人たちが、「おおっ」と声をあげました。赤い液は、おそらくそれまで口に含んでいたビンロウジュの実で色づいた唾液だと思います(しかし、ドクターは吸いつく前に水で口をゆすいでいました)。

これで明日には痛みは消えているはずだとドクターは言い、実際、青年は翌朝、痛みが消えたと言いました。これが歩けない人が歩けるようになったとかなら、効果も実感しやすいのですが、痛みが消えたというのは第三者的に確認できないので、私としては心から感心するわけにはいきませんでした。まやかしかプラセボ(偽薬)効果の可能性が高いと思われますが、患者さんにすれば症状が改善すれば文句はないでしょう。