2023.03.25

大丈夫、「死」には慣れます…難しくない、受け入れればきっと「恐怖」はなくなります

だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。

私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。

望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。

*本記事は、久坂部羊『人はどう死ぬのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
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人はどんなことにも慣れる

私は死ぬのがあまり怖くありません。死を不吉だとか、縁起が悪いとかとも思いません。偉そうなことを言うようですが、ほんとうです。

子どものころは、死ぬのが恐かったし、考えるだけでも身がすくみました。家族の死を想像すると、それこそ耐えがたい恐怖に襲われました。テレビで報じられる災害や事故の死者にも、心を痛めたものです。そんな気持ちが変わったのは、やはり医者という職業に就いて、多くの死を見たからだと思います。はじめは緊張し、厳粛な思いで強烈な印象を受けましたが、アルバイト先を含め、何度も患者さんの死を経験すると、徐々に緊張感も薄れ、さほどの非日常感は感じなくなりました。人はどんなことにも慣れるのです。

人の死に慣れるなどとは言語道断。そんなことだから、医者は患者に親身に接することができないんだと、おりを受けるかもしれませんが、いろいろな状況に対応しなければならない専門職として、いつまでも死に慣れないままでいると、プロとしての冷静な判断や対応ができない危険性もあります。

人の死が人生における厳粛かつ重大な出来事であるのはまちがいありませんが、ある意味、自然なことでもあり、受け入れることはさほどむずかしいことではないと私は思います。

逆に言うと、死を恐れたり、いやがったりする人は、死に接する機会が少ないから、拒絶的な気持ちになるのではないでしょうか。