2022.12.30
「油で真っ黒の遺体」になった仲間たちと帰還…報道陣の前で顔を覆った生存者たち
『黒い海 船は突然、深海へ消えた』第58寿和丸。2008年、太平洋上で碇泊中に突如として転覆し、17人もの犠牲者を出す事故を起こした中型漁船の名前である。事故の直前まで平穏な時間を享受していたにも関わらず起きた突然の事故は、しかし調査が不十分なままに調査報告書が出され、原因が分からず「未解決」のまま時が流れた。
なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。
ジャーナリストの伊澤理江さんが、この忘れ去られた事件の真相を丹念な取材で描いた『黒い海 船は突然、深海へ消えた』から、助かった3人が仲間たちの遺体と同じ船内で過ごす悲痛な場面をお届けする。(全18回の第8回)
「助かったよお、お母さん」
小名浜港での喧騒が激しくなっていた、6月23日の夕刻。
第58寿和丸の乗組員のうち、救助された豊田と大道、新田の3人はレッコボートから第6寿和丸に乗り移っていた。沈没現場からほぼ一直線に太平洋上を進み、小名浜港に向かう。記録によると、第6寿和丸が現場海域を離れたのは午後5時20分頃。小名浜で記者会見が始まったのとほぼ同じ時刻だった。
第6寿和丸に移った3人は、ようやく助かったことを実感した。
大道は、船上から岩手県野田村の実家に船舶電話を掛けた。受話器を取ったのは母。大道は今にも泣き出しそうな、震える声で「助かったよお、お母さん」と声を絞り出した。