車のドアをこじ開けてくる報道陣
家族たちは、互いに顔見知りもいる。そんな広間で、新田に声が掛かった。
「進、うちの父ちゃんの分も頑張れ!」
立ったままだった新田はその言葉を聞いた途端、膝をついて泣き崩れた。
社長の野崎が「信じて待っていてください」と言うと、「お父さん、頑張ってきたのに……」と泣き叫ぶ家族もいた。
広間でのやりとりが一段落すると、3人は報道関係者に見つからないよう外へ出ることになった。漁協職員らが配慮し、裏口から外へ誘導していく。
生存者は疲れている。ショックも大きい。ところが、感づいた記者たちが集まってきた。3人を車に乗せて出ようとしたら、前に進ませるなとばかりに取り囲まれた。報道陣の1人がいきなり車のドアを開ける。隙間から強引にテレビカメラが車内に差し込まれた。
それを見ていた漁業関係者は激怒した。
「何すんだ!」
テレビ局カメラマンの胸倉をつかみ、車から引き離した。
事故から時間が過ぎていくにつれ、酢屋商店社長の野崎は「第58寿和丸はなぜ突然沈んだのか」と考えるようになった。もちろん、行方不明者の捜索は続いている。救助活動が最優先だった。それでも、何かの拍子にその疑問が湧くのだ。
幾度となく海の事故を見てきた古参の漁協職員たちも解せなかった。あの程度の気象条件で、なぜ突然135トンもの船がひっくり返ったのか。それに沈むまでの時間も短すぎる。