第58寿和丸。2008年、太平洋上で碇泊中に突如として転覆し、17人もの犠牲者を出す事故を起こした中型漁船の名前である。事故の直前まで平穏な時間を享受していたにも関わらず起きた突然の事故は、しかし調査が不十分なままに調査報告書が出され、原因が分からず「未解決」のまま時が流れた。
なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。
ジャーナリストの伊澤理江さんが、この忘れ去られた事件の真相を丹念な取材で描いた『黒い海 船は突然、深海へ消えた』から、生存者・豊田吉昭に初めて取材する場面をお届けする。事件から12年、豊田の恐怖と疑念は消えていなかった。(全18回の第15回)
なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。
ジャーナリストの伊澤理江さんが、この忘れ去られた事件の真相を丹念な取材で描いた『黒い海 船は突然、深海へ消えた』から、生存者・豊田吉昭に初めて取材する場面をお届けする。事件から12年、豊田の恐怖と疑念は消えていなかった。(全18回の第15回)
あの「怖さ」は何だったのか
豊田は事故の様子を仔細に記憶していた。犬吠埼沖の第58寿和丸でどんな衝撃を受けたか、傾く船からどう脱出したのか。レッコボートに泳ぎ着いて命をつなぐまでの出来事をしっかりと語った。

救助された豊田は事故後、青森県八戸市の実家に戻り、しばらく船に乗らなかった。およそ2ヵ月間、半ば茫然としていたようだ。
「事故の後は何ヵ月も夜8時、9時に布団に入って電気を消して、闇の中でいろいろ考えていた。夜中の1時、2時くらいまで眠れなかった。そのうち、その年の年末に入って、なんか分かったんだ。事故の時に感じた『怖さ』が何だったのか」