2022年末に社会現象となったドラマ「silent」では、聞こえない人たちと家族や友人、社会との関わりが描かれた。人と人が向き合い、言葉を尽くして、もがき続ける姿に、希望を感じた人が多いと思う。
そのような関わり方を、働く場作りで実行してきたのが「久遠チョコレート」の夏目浩次さん。愛知県豊橋市に本店がある久遠は、素材を生かしたおいしさとおしゃれなビジュアルで人気のチョコレート店。心や体に障害がある人、シングル親や子育て・介護中の人、不登校経験者、セクシュアルマイノリティなど多様な人たちが働く。そのノウハウを提供したフランチャイズ店も全国に広がり、現在は57の拠点を持つ。
筆者はコロナ禍前、夏目さんに何度かお話を聞いていた。1月2日、夏目さんの活動を追った東海テレビのドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』が公開されるのを機に、夏目さんに久遠の今について伺った。
「仕方ない」を変えたくて始めたパン工房
筆者が「持続可能な、障害者と働く場」を取材する中で2018年、久遠チョコレートを運営する一般社団法人「ラ・バルカグループ」代表の夏目浩次さんに出会った。夏目さんは20年前、愛知県豊橋市の商店街で、障害者と働くパン工房を始めた。
それ以前、都市計画のコンサルタントとして働いていた夏目さん。駅のバリアフリーのためにエレベーターを作る際、上司に「理想通りでなくても、仕方ない」と言われた。もやもやしていたところ、障害者と働くベーカリーカフェを運営するヤマト運輸の取り組みを知り、豊橋周辺の福祉事業所を訪ねるようになった。障害者が毎日通っても、「工賃」が月に3千円~4千円と聞いて驚いた。施設の職員に「できる仕事も限られているし、福祉の仕組みで仕方ない」と言われ、自分がいつも仕事で感じていた「仕方ない」と重なり、現状を変えたいと思った。

メーカーの協力を得てパン工房を始めたのは、夏目さんが26歳の時だった。東海テレビで放映されたドキュメンタリー映画の公開に先立ち、筆者も昔の映像をお借りして見た。今でこそ、長髪にシェフのユニフォームが似合い、貫禄のある夏目さんだが、当時は情熱だけで突き進む若者だった。
パン工房のスタッフに給料を支払うため、複数のカード会社から借金。本人の成長を願うあまり理想が高くなりすぎ、「頑張ってもできない」とやめていった女性もいた。夏目さんは若さゆえに苦い経験をしながらも、妻や商店街の人たちに助けられ、パン作りを軌道に乗せた。障害者にはできないと決めつけられていたことが、できるようになっていく姿を目の当たりにして喜びがあった。それに、運営側が工夫すれば、ホテルの朝食の焼きたてパンとか、当時流行したメロンパンの移動販売とか、売り上げを上げることもできた。