「ネトウヨ的なもの」が存在感を増したのは「3.11」が契機だった…のか? 日本の「分断」の転換をたどる

「老いた親が突然、韓国や中国を罵倒するような言葉を吐くようになって戸惑っている」

昨今、そんな声をしばしば耳にするようになりました。

ルポライターの鈴木大介さんも、父親が老いとともに「ネット右翼」的な言動をとるようになったことに戸惑った一人です。

父親の死の直後から、鈴木さんは父親の「右傾化」についてより深く考えるようになります。

なぜ父は右傾化してしまったのかーー。

この問題に取り組んだ鈴木さんの新著『ネット右翼になった父』から、鈴木さんが「ネット右翼的なもの」の変遷を振り返るパートをお届けします。

3・11を境に、日本人が右と左に分断された

ネット右翼について、「状況が一変した!」と感じたのは、2011年の東日本大震災後だ。

あのとき初めて、僕は「日本人が右と左に分断された」と感じた。そして、極端に分断を広げようとする、多様性の文脈には収まらない勢力として、ネット右翼という人々を認定したと思う。

分断を強く認識したのは、間違いなくこれが「初めて」だった。

古い話を持ち出せば、例えば「村山談話」(1995年の終戦記念日に当時の村山富市総理が日本の戦争責任について語った談話)でも、評価をめぐって国民が二分したなんて感覚は当時なかったし(そもそもあの頃、保守は現在より圧倒的にマイノリティだった)、鳩山由紀夫氏率いる民主党への政権交代後にネット上に吹き荒れた「アンチ民主」の声を見たところで、やはり国民の分断なんて文脈で考えたことはなかった。